――ああもう、最悪。
 今日何度目かの呟きを胸に、町中を進む。今いるのは、フランス北部にある海沿いの小さな町。料理が美味しくて町人が優しいのは良いのだけれど、正直それ以外は最悪だった。潮風で髪はべたつくし、イノセンス情報はデマカセ、ファインダーですら捻くれ者ばかりときた。
 何より最悪なのは、


「ね、向こうの丘行ってみようよ」


 このエクソシストの男だ。ちかい、うざい、しつこい、挙句に臭い。適当だったとは言え、変な男を恋人にしてしまったと、今になって後悔している。いい所と言えば顔ぐらいしかない。それも平均より少しだけ上という程度だ。ティキはもちろん、エクソシストの花形である神田やアレン、ラビ達には到底及ばない。こんな事なら科学班の誰かにするんだった。コムイやリーバーも良い線いってるし、私的にはジョニーでも全然


「ねえ、聞いてる?」
「……ごめん、なんだっけ」


 あぶな……。いきなり顔の前に現れるもんだから、危なく殴りかかるところだった。というか香水くさっ。女か、おのれは。


「何か買ってあげようかって。ほら、これなんてどう?」


 絶対似合うよ、と出店に飾ってあるヘアピンを渡された。……猫の顔がついてるんだけど、冗談だよね? 本気でコレつけろっていうの?
 ああ、頭痛くなってきた。


「ごめん、疲れてるから先宿屋戻るね」
「えっ、大丈夫? ほら俺に掴まって」
「一人で歩けるから大丈夫」


 寧ろ近寄らないで欲しい。幾ら表向きは恋人だからって、ベタベタ触りすぎ。あーもうっ、エクソシスト以外にするんだった。本当なんでこんなの選んじゃったんだろ。私ってとことんダメな男に惚れる……。


「ん?」
「え、どうかした?」
「あ、いや」


 ふとある事に気づき、つい声を零してしまった。「なんでもない」と首を振りつつ、良いなと思った男性を思い浮かべてみる。アレンは雰囲気が好きで、神田は鋭い目、ラビはあの性格が好き。コムイは背格好が好みだし、リーバーは苦労症な所に母性本能を刺激される。ジョニーは眼鏡が合う所が……。……えっと、うん。これ全てを兼ね揃えた男がいたわ。それも身内に。


「どんだけなんだ、私……」
「うん? なにが?」


 気づかなければよかったと、またもや声になってしまった。適当にごまかしつつ隣の男を見る。気づいてしまったからか、無意識に彼と比較してしまう。彼ならこうするだろうなとか、彼がここに居たらこう言うだろうなとか。そのうち、隣の男の笑顔が彼の笑顔へと変わった。男の声が彼の声に変わって、男の仕草が彼のソレに。ああ、私どんどん痛い人になってる。でも、止められない。彼だと想うと、不思議と嫌な場所が見えなくなっていく。


「もう宿ついたちゃったね」


 話も盛り上がって、あっという間に宿についてしまった。中に入り部屋へと案内される。この男が手続きをしたらしく、彼と相部屋だった。私とエクソシストの男だけの部屋、それもダブルベッド。これにどんな意図があるのか、考えるまでもない。


「疲れてるなら、俺は外に」


 そう部屋を出て行こうとする男を、私は引き止めた。服の裾を摘み、行かないで欲しいと口にする。
 男は、ゆっくりと振り返った。その顔が私には、彼の――ティキの顔に見えていた。現実では絶対にありえない。
 だからせめてと、私もまたゆっくりと瞳を瞑った。






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