それは突然だった。

『明日写真取らない?』
「へ?」

受話器越しから聞こえる鈴のように澄んだ少女の声。一日ぶりの彼女の声は聞いているだけで癒されるけど、その声が告げた言葉につい情けない声が零れる

「写真? 写真ってあの?」
『うん、他にあるのかは知らないけど』
「まぁそりゃそうだけど……つか、なんでまた」

写真を取ると言う提案もだけど、その実行日が明日と言う事も引っかかる。突然というか、突拍子もないというか。それとも明日ってなんかの日だっけ?

『んー、まぁ、なんとなく』
「なんとなくって……」

なんだそりゃ。と言葉を繋げようとしたが、それよりも先に大きな笑い声が辺りを騒がした。俺の連れ……と言っても、仲間であるモモ達の笑い声。酒場という事もあり、既に二人とも酒に溺れてるようだ。

『ティキ、大丈夫?』
「ん、ああ。大丈夫」

馬鹿笑いしてる二人の声を遮るように、受話器とは反対の耳を手で覆う。やっぱ外から電話しとくんだったな。

「それって、明日じゃなきゃダメ?」
『ダメって訳じゃないけど……』

そこで一旦言葉を区切ったかと思えば、数秒の間の後で『できれば、明日がいいな』とか細い声が聞こえてきた。
多分、電話越しの彼女は項垂れているんだろう。もし向かい合って話していたなら、申し訳無さそうに、でも何処か縋るような顔で俺を見上げていたに違いない。
そう思うと、今近くに居ない事が酷く残念で、なんだか勿体無い気さえしてくる。

『やっぱり、無理かな……』
「別に無理ではないけど」
『ホント?』
「どうせもうロードに頼んであるんだろ」

ロードもお前には甘いからな。なんて告げれば、受話器からは照れたような笑い声。やはり既に"扉"を出して貰う約束をし、後は俺の返答を聞くだけだったらしい。

『じゃ、明日そっちいくね』
「ん? お前がくんの?」
『うん、イーズ達とも写真とりたいし。ティキから伝えておいてくれる?』
「はいはい」

軽く返事を返した俺に対し、「絶対に忘れないでよ!」と散々釘をさされた後で漸く切れた会話と電話。俺ってばそんなに信用ないのかねぇ。





「まぁ、ティキだからなぁ」
「うんうん。ティキだからねぇな」
「おまえらな……」

先程頼まれた事を告げるべく順を追って説明し終えると、隣のカウンターに座っている二人は揃って首を縦へと振っていた。なんかムカツクんだけど。

「イーズだけでなく俺達も一緒にだなんて、嬉しい事言ってくれんなぁ」
「ほんとティキには勿体無ねぇよ。別れたら即効貰いに行くから、ちゃんと報告しろよ」
「安心しろ、別れねぇから」
「にしても写真ねぇ」

説明し終わった事で漸く手の中の酒を煽っていると、隣からニヤニヤとした笑みを向けられていた。……こいつ等、まだ酔ってんのか?

「愛されてんなぁ、ティキくんは」
「は?」
「いやいや、試されてんのかもよ。自分の事思ってくれてるのかーって。こりゃ、案外早くフリーになるかもしんねぇな」
「だから別れねぇつってんだろ。つか、話が読めねぇんだけど」

何の話してんだ。と、呆れと怒りを混ぜた声で尋ねてみるものの、二人から返ってきたのは「これだから……」と、首を竦める仕草。

「いいか、明日は6/12日……この日は、一部で"恋人の日"と呼ばれている。何でも恋人同士で写真立てを送る所もあるらしいぞ」
「あ? 何で写真たて?」
「そこまでは知らん!」
「これからも二人の写真をいっぱい取ろうとかなんじゃね?」
「ふーん」

その日についてはよく分かんぇけど、言われてみると確かにそんな気がしてくる。アイツ、そういう事に関しては無駄に物知りだしな。

「――ワリィ。先戻るわ」

そう思いながら暫し手のグラスを見つめていたものの、残りの酒を一気に飲み込んでは、そのままの勢いで椅子から立ち上がる。突然立ち上がった俺に、二人が驚いた顔をしていたけど、当然気にかける事はせず。

カラン。と鳴り響くドアベルを背後に、一人夕暮れ時の街を駆け抜けていった。
雑貨屋が閉まる前に――と。


明日キミに逢えたなら
写真を撮ろう
明日だけでなく、来年も、再来年も
そして、いつか 沢山の人の笑顔に囲まれた写真を
キミと二人で 笑って見ていたい
 
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