「あら? 何処か行くんじゃなかったの?」
一度は教室を後にしようとしたイヴ。だが、扉をくぐる前に体を翻しては、自分の席へと戻ってきていた。
その事でリナリーが尋ねるも、イヴは「やっぱり止めた」とだけ告げては、リナリーと共に机の上へとお弁当を広げる。
「てっきり誰かに渡しにいくんだと思ったのに」
「それは残念。私も三人には後日義理として渡しまーす」
「でも、"三人には"って事は、別の誰かには今日渡すんでしょ?」
「むぐっ!」
漸く勝ち誇った笑みで卵焼きを一つ口の中へと入れるも、相変わらずのジャブ……もとい反撃に、危なく喉を詰まらせかける。
流石に、VD当日のお昼休みにチョコではなく卵焼きで窒息はしたくない。……いや、どんな日でも、何が原因でも窒息自体したくはないが。
「私に勝とうなんてまだまだよ」
「くぅ……流石生徒会長殿」
「それとこれは関係ないでしょ。イヴが分かり易いのよ」
クスクスと笑い声を上げるリナリーを前に、微かにイヴの眉間が顰められる。
"馬鹿にされている"と言うよりも、"分かり易い"という事が不服なのだろう。
「ポーカーフェイスでも勉強しようかなぁ」
「イヴには無理ね。絶対」
「断言ですか」
「それにイヴには必要ないもの。今のままでいいの」
だから、変わらないでね。と、一笑するリナリー。
その表情は先程よりお穏やかで、また成長を見守る姉のように眼差しに温かみを帯びていた。
妹扱いされている事には若干の不満も感じたが、それ以上想われているという事に安堵と喜びが込み上げて来る。
「て、照れるぜ」
「ふふ。じゃあ、そんなイヴにプレゼント」
早速ポーカーフェイスを他所に、頬を紅潮させている……もとい、感情を露にしているイヴへと、鞄の中から取り出した小さな箱を手渡す。
綺麗にラッピングされた箱は有名お菓子店、それもチョコ専門店のものだった。
「私に?」
「そうよ。私の本命チョコ。兄さん以外にあげるのは、イヴだけなんだから」
箸を口元で止めたまま、驚きの表情を浮かべるイヴ。
確かにリナリーからは毎年貰っていたが、こんなに豪華なのは初めてである。
恐らく、一箱だけでもそれなりに値が張ったに違いない。
「あけてみて?」
箱を手渡されるなり、学校であるにも拘らず開けるようにと催促をされる。
余程凄いのが入っているのだろうかと、緊張と喜楽を抑えながら開封する。――と。
「……あれ? これって……手作り?」
「ぴんぽーん」
小さな箱の中に入っていたのは、箱よりも若干小さいめの……と言っても普通よりかは大きいめの正方形のチョコが入っていた。
その中央にはホワイトチョコで「イヴへ。これからも仲良くしてね」と言う文字が。リナリー特有の筆記からして、恐らくリナリー自身が書いたのだろう。
「実はデパートでチョコの作り方教室をやっててね。面白そうだったから参加してみたの」
「へぇ。じゃあ、有名チョコ店のラッピングは……」
「包装紙が無かったから代用しただけよ。期待した?」
クスリと艶笑するリナリーを前に、漸くコレが彼女なりの悪戯なのだと理解する。
どうやら、また彼女に一杯食わされてしまったらしい。
「期待しまくって、逆にお返しどうしようって不安になっちゃったよ」
「ふふ。お返しは、その包装紙のお店のチョコケーキでいいわよ?」
「や。リナリーとのカラオケ三ヶ月我慢する事になりそうなんで、これで許して下さい」
この歳で恋人に指輪を送る心境を味わいたくない。と、互いに笑いあっては、同じように鞄の中から箱を取り出す。
小さいめの箱と大きめの箱。二つとも簡易なラッピングがされており、恐らくイヴ自身が見繕ったのだろう。
「二つって事は、私と兄さんのぶんね」
「うん。何時もお世話になってるし」
「いいのよ。兄さんもイヴの事凄く気に入っているんだから。妹に欲しいっていっつも言ってるのよ。本当の妹の前でね」
「あはは。コムイさんらしい」
「まぁ、私は妹よりも義姉として欲しいんだけど……」
「ん? 何かいった?」
ポツリと本音を零すリナリーだが、幸か不幸か周りの騒々しさのせいでイヴの耳に入る事はなく。また「何も言ってないわ」と返答しては、サイズの違う二つの箱へと視線を向ける。
「これって、私が小さい方で、兄さんが大きい方でいいのよね?」
首を傾げながら問い掛けると、イヴはお弁当を片付けつつ「ううん」と言葉を紡ぐ。
「リナリーが大きいほうで、コムイさんが小さいほう。私も、今年の本命はリナリーだけだから」
そうふわりと微笑み、サラリと告白まがいの事を告げるイヴ。
あまりにも自然と告げられた事で、リナリーは今日初めて唖然としてしまったのだった。
( 天 然 記 念 物 )
「……全く、時々平然と嬉しい事言ってくれるんだから」「へ?」