――という訳で、公平なる審査の為にイベントは一時中断。
長いような短いような戦いを終えた参加席では、参加者達の多くがぐったりとしていた。


「はぁ〜……途中でどうなるかと思いました」

「や〜。動きに慣れてくると、逆に手元の蕎麦に意識が向いちゃって」


他の人達とはやや違う意味でぐったりとしているアレンに、頭に手を当てて謝罪するイヴ。
どうやら、蕎麦をつぎならがもグーグーとお腹を鳴らしたり、物欲しそうな瞳で食べる所を見つめられていたらしい。ともなれば、誰だって食べ難いに決まっている。
これには流石のアレンとて、食べるスピードを落としてしまった。……が、そこは何度も死闘を掻い潜り、窮地に強くなったアレン。
持ち前の精神力と信念の強さを見せ、見事に難を乗り切ったのだった。


「それよりアレン! 早く終わらせてご飯一杯食べようよ!」

「は、はは……」


最も、今回は「体力」よりも「説得力」の方を有したようだが。


《おまちどーさん! 結果がでたさー》


苦笑いを浮かべるアレンを他所に、審議中だったラビの声が辺りへと響く。
声に釣られるように視線を向ければ、ラビの隣には口にハンカチを、体にはロープで簀巻き状態になったコムイの姿があったとか。
最早ラビが企画を乗っ取って……もとい運行しているようだ。


《公平なる審査の結果――まさかの1束差で、勝者アレン・ウォーカー!》

「やったっ!」

「おおー!」

「チッ!」

「おめでとう、アレンくん」


告げられたラビの言葉に素直に喜ぶアレンと、盛大に舌打ちをする神田。
そんな二人の背後でイヴとリナリーも勝者へと賞賛を送っていくた。


《で、この後どうするん、コムイ?》

《むーぐーぐー!》

《あ、解くの忘れてたさ》

《ぷはっ! 酷いじゃないか、ラビ! ……と、とりあえず勝者であるアレンくんには福袋を用意するから、もう暫くまってね! あ、イヴちゃんちょっと手伝ってくれるかな?》


口許のハンカチが外れた事で、とりあえず指示を出しつつも文句を告げるコムイ。
こんな状態でもしっかり指示を出している事に感心するべきなのか、それともこんな状態にされている事に嘆くべきなのか。

とにもかくにも、名前を呼ばれたイヴはコムイ達の元へと寄って行き。
他のメンバーはもう暫く待機する事となったのだった。
その間アレンと神田が再び険悪なにらみ合いを始め、リナリーの両成敗が入っていたとか。







――そんなこんなで数分後。


《やぁやぁ。皆お待たせ〜》


裏方でドッタンバッタンやっていたかと思えば、漸くコムイとラビが姿を現した。
コムイだけでは不安との事で、ラビも一応『福袋』の仕込みを手伝っていたらしい。


「勝者であるアレンくんには、クリスマス特別企画『福袋』を用意したよ!」

「ただし、福袋は二者択一さ〜」


二人の言葉と共に、ズリズリとステージ裏から大きな箱が運ばれてくる。
正面には『福』と言う判が押されており、どうやら福"袋"ではなく、福"箱"なのだろう。
それにしても大きな箱だ。


「このどちらかに"指定権"を持ったイヴちゃんが入ってまーす」

「えっ! イヴが入ってるんですか!?」

「入ってるっつーか、押し詰めたっつーか……」


嬉々として説明するコムイの隣で、アレンから瞳を反らすラビ。
どうやらイヴ自身が自ら入った訳ではなく、コムイの策略により押し込められたようだ。
最も、そんな事を言ったなら"自称"紳士のアレンが間違いなく怒る為に言わないが。


「ちなみにもう一つはハズr……ゴホン。別のモノが色々と入ってるよーん」

「今ハズレって言いましたよね。明らかにハズレなんですよね」

「まぁまぁ、んな事より早く救しゅt……もとい選んでやるさぁ」


幾ら箱が大きいとは言え、ロープで簀巻き状態で入れられているのは辛い筈。
勿論ラビとてそんな事はしたくなかったのだが、イヴが暴れたが為に致し方なくコムイの行動を黙視していたのだろう。少々……いや、かなり後での仕打ちが恐ろしいが。


「さぁ! 選びたまえアレンくん!」


アレンの前に置かれた二つの箱へと、ビシッとコムイの指が差される。
やけにテンションが高いのは、当てられる筈が無いと言う自信なのか。
それとも、アレンが優勝してしまった事への自棄なのか。


「え、えーと……!」


早く早く! と、急かすコムイを隣に、アレンはジーッと箱を見つめる。
先程コムイも言っていたが、当たりはどちらか一方。
折角苦闘の末に勝ち取った優勝なのだから、是非ともイヴという当たりを引きたい。
……最も、その苦闘へと導いたのは、当たり賞品であるイヴ自身だったりするが。


「ちなみに制限時間は後一分でーす。それまでに選べなかったら両方共没収ね♪」

「ええっ!? なんですかっ、その横暴!」


腰を据える覚悟で悩んでいたアレンへと、突然の追い討ちを掛けるコムイ。
どうやらそのテンションの理由は、腹いせも込められた後者であるらしい。
大人気ないと言うか、往生際が悪いというか。


「さぁさぁ、文句を言ってる暇があったら選ばないと〜」

「むぐぐ……!」

「コムイ……流石に汚いさぁ」


意気揚揚とした態度で告げるコムイに、不満そうに箱へと視線を向けるアレンと、やや……いや、かなり身体を引かせているラビ。ここまでくると、ある意味清々しいかもしれない。


(こうなったら是が非でもイヴを当ててやる! ……でも、二つのうちどっちがイヴなんだろう。何かヒントがあればいいんだけど、コムイさんは絶対教えてくれないだろうし。ラビも、期待するだけ無駄だろうし……。なにかイヴだと分かるヒントは……あれ、そういえば箱の中の入ってるんだよな? という事は、外の声も聞こえる……のか?)


箱を睨みつけるかのように見つめては、不意に、ピコン! と、頭の上で豆電球を光らせる。
どうやら先程食べた蕎麦のお陰で、思考が上手く働いているようだ。日本食も案外悪くないかもしれない。

そんな事を考えつつも、アレンは、すーっと息を吸い込み――。



「イヴー! 早く出てこないと、ジェリーさんの食事、全部食べちゃいますよーーッ!!」



目の前にある箱に向かって声を荒げるアレン。
突然の彼の行動にラビは勿論、コムイさえも唖然としてしまった。――その瞬間。

 ―ガタガタガタッッ!

突如、左の箱がコレでもかと言う程大きく動き出したのだった。
最早中に何か……もとい、誰が入っているのかは一目瞭然である。
まさに、イヴの特性を熟知した上での知略。
思いもしなかった抜け道に、司会者二人は思わずその場へと転びかけてしまったとか。


「こっちだぁあっ!」


その隙にと動いていた箱へと近づき、閉まっている蓋へと手をかける。
勝利を確信し、はやる気持ちで蓋を開けるアレン。――だがこの時、彼は忘れていた。
自分がラビに何て言われているか。
そして、自分の持つ……いや、持ちたくも無い特性の事を。


「――え……?」


バキィッ! と、物凄い音を立てて蓋が開いたかと思えば、アレンから驚愕の声が零れる。
ソレもそのはず。何せ箱の中には誰も入っていなかったのだ。
先程確かに動いていた筈だというのに、人は勿論、振動する為の機械すら見当たらない。
まさに――空っぽ。


「え? だって、今……え? ええ!?」

「あ、あれ? ラビ、箱入れ替えたのかい?」

「いんや? 俺は何もしてないっけど」


目の前と隣にある箱へと、忙しなく視線を動かしつつ混乱するアレン。
そんな彼を前に、仕込み人であるコムイとラビもまた、空の箱に混乱していた。
イヴを詰め込んだ……もとい、仕込んだ箱は確かに今開けた左の筈。
何より、先程現に動いていたのだ。中に誰か居なければ、反応する筈が無い。


「……ん?」


一体どう言う事だ? と、混乱しているアレンを他所に、ラビが箱の中を覗き込む。――と。


「紙?」


箱の奥底に残っていたのは、二枚の紙切れだった。


「あ。指定権だ……」

「「えっ!?」」


落ちている二枚の紙を手にとってみると、その一枚には確かに"指定権"との記載があった。
ともすれば、イヴが居たのはこの箱と見て間違いないだろう。


「な、なんだこれ!?」


なら、何故イヴの姿が無いのだとコムイとアレンが首を傾げ中。
唐突にラビの驚愕の声が、周囲へと響き渡った。


「『景品はあり難く頂いた。怪盗J』……って」

「か、怪盗J!?」

「はぁああっ!?」


そう言葉を告げては、指定権と共に入っていたもう一枚の紙をピラリと提示する。
ラビが持つ紙には確かに、今読み上げた通りの文章が記載されていた。


「誰だい、こんなふざけた事したの! 今時『怪盗〜』とか言うネタは流行らないし、僕のイヴちゃんで遊ばないでくれるかな!」

「や、コムイのじゃねーし。つか、コムイが言っても説得力もなにもないんさけど」


何せこんな下らない催し物をしたのも、はたまたイヴを景品にしたのもコムイである。
彼が言った所で「お前が言うな!」という、逆ツッコミさえ起こっていたとか。


「フッ…………フフフフフ……」

「ん? うぉあ!?」


コムイに対してのブーイングが飛び交う中、背後から漂ってきた冷たい雰囲気……もとい、低い笑い声に振り返るラビ。その直後、身体を仰け反らせては、悲鳴をあげたのだった。


「ええ、そうですよ。どーせ僕なんて、アンラッキーボーイなんです。来年こそ幸先の良いスタートだと思ったのに、所詮こんなものなんです。……フフフフ」

「ああああアレン! 落ち着けっ、おちつくんさ!」


ミランダ並のネガティブパワーが漂ってるぞ! と、ラビが声を掛けるものの、アレンの耳に届く事はなく。


「とりあえず……後十秒以内にイヴを出さない場合、この広場を半壊させようと思います」

「めっさいい笑顔で何言ってんのこの子ーーー!!」

「誰か大至急イヴちゃん連れてきてーーーッ!!」


深い深い笑みを浮かべては、アレンの左手のイノセンスが発動させる。
どうやら笑顔以上に精神的ダメージの方が深いらしく、破壊する気満々のようである。
ともなれば、賑やかだったムードも一転し。
何時もの大騒ぎ、大騒動となったのは言うまでも無い。



「「ぎゃーーーーッッ!!」」



そして司会者であるコムイとラビが、黒アレン……いや、最早暴走アレンと言うべきか。
彼のイノセンスの一番の被害者になったのも、言うまでも無い事だった。


なにはともあれ――時刻は既に零時過ぎ。
黒の教団は、今年も騒々しくなりそうだ。



( み つ か ら な い え )


ほーむ
 
 
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