隣でゆっくりと煙を吐き出す男の姿を、少女はじっと見つめていた。
「俺ってそんなにカッコイイ?」
クスリと笑みを零しては、テラスの手すりに座りながら自分を見つめているイヴへと問い掛ける。
普通の少女であれば頬を赤らめるか、話を逸らしたり濁したりするのかもしれない。……が、
無垢で真っ直ぐな瞳を受け、男事ティキに微苦笑が浮かぶ。何時になっても羞恥を覚えないというか、少々純真すぎるというのも困ったものなのかもしれない。それが魅力と言えば魅力でもあるのだが、時々、酷く自分が汚れている事を思い知らされる。
――少し、眩しすぎるな。
そんな思いを表すかのように、片手を軽く自分の額へと当てる。まるで日差しから瞳を守るような仕草。その行動を見て、自分のせいだとは露知らぬイヴは首を傾げていた。
眩しいものでもあるのかと、辺りへと視線を彷徨わせようとした。――その時、ふとティキの匂いでもあるタバコの香りが鼻腔を擽る。
彼が動いた事でか、それとも風が運んできたのか、一段と強くなった匂いに、ピコンとイヴの頭上に豆電球が点灯した。……ように見えた。
「私も吸ってみたい」
「……はっ?」
手すりに座っている身体をティキへと向けては、思った事をそのまま告げるイヴ。あまりにも唐突な上に、主語が抜けてしまったせいで、今度はティキが首を傾げる事になったのは言うまも出ない。
それから数秒程静寂が訪れるものの、「何を?」とティキが尋ねた事で話が進展する。
「ソレ」
返答と共にイヴが指差したのは、ティキが持っている煙草だった。もっとも、ティキが持っているのは煙草だけであり、面と向かって「吸いたい」と言われたとなれば、当然煙草しかないのだが。
「だめだめ。お子様は、いや、イヴは吸わなくていいの」
「なんで?」
イヴの言葉を理解するなり、手に持っていた煙草を遠ざける。その際何となく瞳が泳いでいた所を見ると、あらぬ事でも考えていたのだろう。だが幸いイヴがソレに気がつく筈もなく、「ティキばかりずるい」と顔を顰めていた。
ティキとしても、別に女性が煙草を吸う事に嫌悪している訳ではない。子供が吸う事だって、自分もイヴくらいの時には既に吸っていたので異論するつもりはない。――が、それもイヴとなれば。いや、イヴとイーズになれば、話は別だ。
それだけ大切にしていると言う事なのだが、そう告げた所でイヴは納得しないだろう。
「あー、タバコの匂いが取れなくなるだろ。うん」
かと言って吸わせてしまうと、他の家族達が黙っていない筈。それでなくともタバコの匂いというのは厄介なもので、一日匂いに包まれると二、三日は取れなくなる。それでは折角のイヴの甘い匂いが消えてしまうではないか。
……と、言いかけるも、流石に後半の部分は口を噤んでしまった。
他に人は居ないとは言え、堂々と惚気を言える状況でもない。――が。
「ずっとティキと一緒に居るんだから、タバコの匂いならもうついてるけど」
「ソウッスネー」
自粛したティキとは逆に、イヴからサラリと惚気に近い言葉が零れたのだった。言われてみれば確かに、一日に何本も吸う自分と一緒にいるだけで匂いは移っているだろう。それこそ、服は勿論、その小さな身体にさえも。
何せ昨日も――。と、昨晩の事を思い出してしまっては、思わず「違うだろ!」と自分自身につっこみをいれてしまったのだった。
「はぁ……一本だけだからな」
言葉では勝てないと思ったのか、或いは、確かに身体の芯まで匂いが移っている事で家族達にもばれないと思ったのか。諦めにも似た溜息を落としては、新しい煙草を一本取り出す。
「火がついたらゆっくりと吸うんだぞ」
勢いよく吸うと咽るからな。と、忠告しては、顔を頷かせるイヴの口へと煙草を咥えさせる。
――千年公やガキ共にばれたら殺されそうだな……。
外見こそ17.8歳程の少女ではあるが、中身は真っ白な子供同然。ともなれば、善し悪しの付かない子供に"イケナイ事"をさせているような罪悪感さえ沸いてくるのも無理はない。
ならば止めた方がいいのでは……とも思うのだが、罪悪感と共に無垢な心を汚しているという
「動くなよ」
手摺りから落ちないようにと小さな身体を支えては、イヴへと顔を近づける。突然顔が近づいてきたとなれば、それこそ普通の少女は何かしらの反応を示す筈。――だが、今までの事から言っても、イヴが普通の少女でないのは周知の事実であり、現に慌てる素振りもなければ赤面する気配もなかった。
何となく寂しさのような、申し訳なさを感じては、ティキの顔に苦笑が浮かぶ。
それでも自分のタバコを少女の咥えているタバコへと押し当て、火を移させていく。
「吸っていいぞ」
火がついた事を確認した後で身体を離せば、イヴはは言われるままにゆっくりと吸っていく。――と。
「――げほげほッ!」
「オイオイ、大丈夫か?」
数秒の沈黙の後、イヴから零れたのは言葉ではなく、煙に咽返っている声であった。
変な所に入ってしまったのか、それとも余程不味かったのか。どちらにしても、今日初めて首を横に振っているイヴの背中を摩るティキ。咽つつも瞳を潤ませている姿につい反応してしまうのは、悲しき男の性という奴だ。男って辛い。
「これタバコじゃない……っ」
「俺が吸ってるのと同じ奴だけど?」
「嘘! ティキの唇こんな味しない!」
「……や。そりゃ幾らタバコ吸ってるからって口までタバコの味にはならないというか。てかもう少し恥じらいをだな」
「ティキの嘘つき!」
「もしもーし、聞いてるー?」
煙草を気に入ると言う最悪の事態こそ回避できたものの、妙に複雑な気持ちとなったティキであった。
煙草に火をつける