好きな物は女性とお酒。嫌いなものは仕事と借金と野郎。これだけでどんな人物かお分かり頂けるだろうが、あえて続けさせて欲しい。
 仕事上様々な所を旅する。なんて言えば聞きがいいが、実際はその仕事から逃げて"放浪"しているのだ。しかも仕事先に連絡をしない為、給料もお金もすっからかん。
 ならどうやって暮らしているのかと聞かれると、世界各地にいる愛人宅に乗り込むか、彼女達から借金をするか。でなければ、弟子にポーカーで稼がせるぐらいである。勿論師公認のイカサマで。
 こんな人が自称神父だと言えば、誰もが口を揃えてこう言うだろう。

『崇拝しているのは悪魔ですか』と。

**

 暗闇の世界に甲高い悲鳴が響く。蝙蝠のような、獣のような叫喚。いや、威嚇だろうか。どちらにしても耳障りである事には変わりない。
 思わず両耳を塞ぎたい衝動に駆られていると、今度は低い銃声が木霊した。一発、二発。お腹に響く程の重音と、火薬の火花で一瞬だけ照らされる周辺。
 そんな瞬く閃光の中で、不意に"何か"が視界に入りこんだ。形容しがたい何か。そう、まさに獣のような蝙蝠のような、それでいて人間とも取れる"何か"。それが、前方の壁にくっついていたのだ。

「キィキィうっせぇんだよ」

 ポツリと、そんな声が頭上から振ってくる。尤も言った本人としては"ポツリ"のつもりはないのだろうけど、近くで銃声という轟音を聞いた私には、なんだって小さく聞こえてしまう。
 だが、そんな私に気が付く……もとい気にする事はなく、更に耳元で轟音が鳴り響く。今度は一発だけ。辺りは真っ暗だというのに、まるで全てが見えているかのように躊躇いなく。――そして。

「うぇ……」

 まるで果物を潰したような音が木霊し、思わず嗚咽交じりの声を零してしまった。更にキツイ匂いが漂い、今度こそ自分の鼻を抑える。何時になってもこの匂いには慣れないな……。なんて事を考えつつも、あの"何か"の声がピタリと止んでいた事に気が付いた。
 恐らく、もう二度と響く事は無いのだろう。

**

「いやー流石神父様!」

 満面の笑みを浮かべ、ぶんぶんと自称神父――もとい師匠の手を振り回す男性。着ている服は上質だし、ふくよかな体系からしても上役の人なのだろう。恐らく町長辺り。間違いなく師匠の嫌いな人種なのだが、今回は報酬を貰うまでは堪えているようだ。見ているこっちがハラハラする。

「しかし、貴方のような方が本当に退治してくれるとは思いませんでしたよ。決して信用していなかった訳ではありませんぞ。でもまさか酒代を踏み倒そうとしていた男が神父だとは……ゴホンッ、ともかく地獄に仏とはまさにこの事ですな!」

 ガッハッハ、と豪快に笑う(多分)町長。そりゃ飲んだくれが神父だの、町を荒らしている元凶を駆除できるだの言われても、信じる人は居ないだろうて。実際元凶がアクマでなかったら、このままトンズラする計画を立てていたなんて言えない。それも――。

「……で、例の件だが」
「ああ、勿論お預かりしていた少年はお返ししますとも」

 スッと町長の手が動いたかと思えば、後ろの男の人が扉の鍵を開ける。続けて扉を開いたかと思えば、部屋の中からひょっこりと白髪の少年が顔を覗かせた。

「師匠! イヴ!」
「アレン、無事ー?」

 私達の姿を見つけるなり、途端に瞳を潤ませるアレン。恐らく、迎えにきてくれたと思って感動しているのだろう。――い、言えない。本当は見捨てる計画だったなんて。修行の一貫としてアレンに全てを押し付けるつもりだったなんて、口が裂けても言えない。

「あ? 誰がこんな小汚ねぇ餓鬼なんかいるか。俺が言ってんのは報酬だ、報酬。たんまり貰えるんだろうな」

 ……尤も"私は"であり、師匠は別だけど。
 あ。アレンが落ち込んでる。

「は、はぁ。ではこちらを」

 落ち込んでいるアレンを慰めていると、流石の町長さんも引いているのか呆れているかのような表情を浮かべていた。なんたって弟子よりお金を要求しているのだから、神父が聞いて呆れると言わんばかりだ。
 それでも懐からお金が入っているだろう皮袋を取り出しては、師匠へと手渡した。
 おお、見るからに結構入ってそうだ。いい音もしてるし、これは期待できる! ――と思ったものの。

「――たりねぇな」
「へ?」
「こんなんじゃ全っ然ったりねぇ。こちとらこの町の元凶を倒してやったんだ。これで近隣へ逃げる奴等も居なくなったし、前みたいに通商だってできる。それこそ観光地としてがっぽり儲けてたんだろ、もっと色つけて貰わねぇと割りに合わねぇな」
「し、しかし今手元にあるのはこの位でして……」
「あーん? ッチ、仕方ねぇな。ならその腕時計と首飾りで我慢してやる」
「は!? ででですがこれは!」
「俺は別にいいんだぜ。この町にはまだ元凶が住み着いてるって言い振らしてもよ。それこそ私欲に塗れたブタの元凶がな」
「なっ、ななな……!!」

 顔を真っ赤にしていく町長を前に、ちゃっかり受け取ったお金は懐にしまっている師匠。流石です。

「さぁ、どうする。今貯金して徐々に衰退していく町と金を見届けるか、それとも今金を使い町を発展させるか。選ぶのはアンタだぜ、町長さんよ」
「ぐ……っ!!」

 これでもかと睨みつける町長だけど、こんな事を平然と言ってのける師匠が怯むはずも無い。寧ろ余裕綽々の笑みを浮かべ、催促までしている程だ。
 まぁ元々発展していた町だし、これから更に発展するだろう事を考えれば、師匠の言い分も分らなくはない。ただ完璧に脅しで、完全に悪だけど。

「ええい、もってけ!」

 それから更に数秒程苦悩していた町長だが、どうやら町の発展を選んだらしい。それだけこの人が町の事を思っているのか、或いは他にも蓄えがあるのか。……ま、どっちでもいいけど。

「ふん、さっさとそうしてればいいんだよ」
「き、貴様! それでも本当に神父か!?」

 遠慮なく、それこそふんだくるように金品を受け取る師匠に対し、町長は顔を真っ赤にしたまま怒声を浴びせる。尤も師匠は絞るものを絞った事で興味が失せたらしく、反論する事無く扉へと歩いていった。

「貴様のような奴が仕える神等悪魔に決まっている! 二度と来るな、この邪教とめ!!」

 師匠が扉を潜って出て行ってしまった為、私とアレンもその後を追っていく。アレンが先に出て、最後に私が。その際部屋の中にいる町長へと振り返っては、ニッコリと笑みを浮かべた。

「師匠の仕える神は悪魔なんかじゃないです」


アーメン
「だって、悪魔でさえ師匠を見れば逃げ出しちゃいますから」


 
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