「急に言われても、ねぇ」

 腕を組み、眉間に皺を寄せてイヴは「うーん」と唸った。
 突然「好きな物『全部』教えて!」なんて言われても、直ぐには思い浮かばない。寧ろ何故そんな事を聞くのか、そんな事を聞いてどうするのか。
 そう尋ねてきた青年へと逆に問い返せば、隻眼の青年はニンマリと笑みを浮かべた。

「ほんの些細なことでも知っておきたいんさ」

 戦いの中に身を置いてるから。
 自分はブックマンで、いつかは流れていくから。
 離れなければいけないから。
 忘れる事はできないから。

「忘れられないならいっそ、イヴが好きな物を全部知りたい。それを観た時イヴを思い出して、ソレをイヴの笑顔として記憶しておきたい」

 そうすればきっと、記憶の中のイヴは何時も笑っていてくれる。
 記憶の中のイヴだけは、ずっと笑いかけてくれる。ずっと俺だけのイヴで居てくれる。
 例え教団から離れても、イヴが他の男と一緒になっても、俺が他の女性とつきあっても。

「俺が愛したただ一人の記憶を、誰よりも多く残していたいんだ」

 そう緩い笑顔を崩す事無く言ってのけるラビに、思わず真正面に座っていたイヴの方が頬を赤らめてしまう。それとも、笑顔とは裏腹に隻眼だけは痛い程真剣だったせいだろうか。
 ――だが。

「……うーん。そうは、いわれてもねぇ」

 その瞳を真正面から受けたにも関わらず、イヴから零れたのは相変わらずの唸り声。
 ラビの気持ちが伝わらなかった訳ではない。寧ろ十分伝わったからこそ――

「やっぱり思いつかない。私自身好きな物ってよく分らないんだ」
「……そっか」
「だからさ、一緒に作っていくじゃ、だめ?」
「へ?」

 フラレたのだと思い、苦笑のまま首を項垂れるラビ。しかし、続けて聞こえてきたイヴの言葉に、直ぐに元の位置へと戻る事となった。

「私もラビの、愛したただ一人の記憶を誰よりも多くもって居たいよ」

 ラビの好きな物全てを知って、私もそれを好きになって、ソレをみてラビの笑顔を思い続けたい。
 ――でも私はブックマンではないから、時が立てば忘れてしまう。
 ラビの好きな物も、自分に向けられた笑顔も、こうして交わした言葉だって。

「それに、"今"の私にはラビかいる。ラビと一緒だから"好き"って思えるけど、きっとラビが居なくなったら"嫌い"になる。だったら、忘れても新しい記憶で埋められるように。何時かラビと離れる日がきても、"好き"って言えるものができるまで、一緒にいたい」

 ――それじゃ、ダメかな。
 そう告げるイヴは少し照れくさそうで、でも優しく微笑んでいて。その瞳は真っ直ぐに前を、ラビ見つめていて。

「ダメ……な訳、ねーじゃん」

 どちらともなく額を合わせては、二人して心の底からの笑顔を浮かべていた。

「最高の答えさ」


欲張りな僕らの進化論
「なんか、プロポーズみたいさ」
「逆プロポーズって奴?」
「俺、男なのに情けねぇ……」
「ちゃんと養ってあげますわ」
「本当にそうなりそうで怖いさ……」


 
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