「はい、コレ」
「あ?」

 やや暗い廊下の中。背後から名前を呼ばれたかと思えば直ぐ様言葉が続き、更にポンっと何かを手渡された。突然だった事もあり、思考が働くよりも先に自分の手――即ち渡されたものへと瞳が動く。が、かと言って渡された物を識別する事はできず、また数秒程悩んだ所で該当する答えは見つからなかった。考えた所で分らないのなら、残された道は一つ。

「……なにコレ」
「ティキの衣装」
「は?」

手渡した人物事イヴへと問い掛かえすティキ。しかし、返ってきた言葉に余計混乱する羽目になったのは言うまでも無い。
 首を傾げたまま「衣装?」と鸚鵡返しする恋人を前に、イヴはニッコリと笑みを浮かべて口を開いた。

「今日はハロウィンでしょ。折角だし仮装パーティやろうって千年公から」
「なんだそりゃ。つかこれどう見ても衣装じゃねぇだろ」

 提案者は千年公なのだろうが、イヴもそれなりに……いや、かなり楽しんでいるのが見て取れる。悪の総本山ノアと言えど、お祭り好きが多いのは事実だ。
 尤もティキはその部類には入っておらず、呆れた顔でジャラリと手の上の物を鳴らした。彼の言葉通り、"衣服"ではなく、鎖が付いている人間サイズの首輪を。

「ティキは狼男なんだって。ロードが選んだんだよ」
「はぁ? や、それ以前になんで首輪だけなんだ? 普通耳とか尻尾とかつけんじゃねぇの?」
「そこで私の出番ですよ」

 エッヘン。と自分の腰に両手を当て、自慢するかのように胸を張るイヴ。恐らく彼女の能力である言霊で、耳と尻尾を生やそうと言うのだろう。毎度の事ながら便利というか恐ろしい能力である。

「という訳で、ティキに――」
「あ、ちょっとたんま」

 耳と尻尾を。そう告げようと口を開いたイヴだが、言葉よりも先に片手で口を塞がれてしまった。まるで叫び声を上げさせないかのような防ぎ方に、思わず「むぐあっ!?」とイヴから奇声があがったとか。

「狼になってもいいからさ。その前にコレ、言霊で読んでくんね?」

 言霊を防げた事を確認しては口から手を離し、近場にあった紙へと文字を書き綴っていくティキ。普段のイヴなら「口頭すればいいのに」とでも思ったのだろうが、やはり仮装パーティに浮かれているのだろう。ティキから紙を受け取るなり、何の躊躇いもなく描かれた文字を読み上げていた。

「えっと。ウサギ耳と尻尾を、イヴ……に?」

 あれ? と自分の口から発せられた言葉に顔を顰めるが、時既に遅し。頭と尾てい骨辺りにムズムズした感覚が走ったかと思えば、ぽんっという何ともコミカルな音が小さく聞こえてきた。それと同時に「おー!」と言う歓喜の声と眼差しも。
 まさか……と恐る恐る自分の頭へと手を伸ばすと、そこにはしっかりと本来無い筈のふわふわした"何か"が。

「は、はめられた……!!」

 よもやティキなんぞの策略にはまってしまうとは。折角ヴァンパイアの仮装を用意していたというのに、これでは耳が邪魔でシルクハットが被れないし、何より格好がつかない。大体本来ワーウルフ(狼男)はヴァンパイアの手下的な存在なのだが、ウサ耳付きではどちらが手下か分らないではないか。
そんなダブルならぬトリプルパンチをくらい、イヴはガクリと両手と両膝を地面へと付いたのだった。

「いやいや、はめるのはこれからだぜ」
「おわっ!?」

 突然身体が浮遊感に包まれたかと思えば、イヴの視界が地面から天井へと反転する。と同時にティキの顔が視界に入り込み、更に頭上からティキの声が響く。どうやら彼に抱き上げられたのだと気が付いたのは、周りの風景がゆっくりと動き始めた頃だった。

「ティキ!? どこいくの!」
「俺かイヴの部屋。廊下でもいいんだけど、折角だしゆっくりみたいじゃん?」
「ゆ、ゆっくり見る?」

 ――何を。
 そう尋ねようと口こそ開くものの、ティキの爛々と輝く瞳に気が付き。

「ま、待った! パーティはどうするの!? さっきティキも狼に…………ま、さか……」

 更に彼の真意と意図をも悟るってしまった。尤も悟りたくはなかったが。
 そんなイヴにティキもまた気が付いては、ニッと口角を吊り上げ。

「そ。狼になってやるよ。ベッドの上で、ウサギを食べる狼に、な?」
「……――ッ!!」

 直後、狼男の主人ではなく餌となってしまった少女の悲鳴が木霊する。が、既に始まっていた仮装パーティの音楽によって、他のモンスター達の耳に入る事はなかったのだった。


Trick or Feed or both?
(悪戯されるか、餌になるか)
(それとも、両方?)


 
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