「別れよ」
白の時間を満喫してた時に現れたアイツ。何時もは俺が勝手に部屋に忍び込んだり、俺から連絡する事が多かったから、彼女から会いに来たのは初めてかもしれない。それに何となくだけど、泣きそうな顔をしていた気がする。見慣れない陽の下だったからかな。
まぁどちらにしても珍しいな。なんて違う事を考えていたし――それにほら、俺ってバカだからさ。
「俺達、付き合ってたっけ?」
よく考えもせずに、そんな事を告げていた。
身体だけの関係。そうお互いに認識していたし、俺がそれで満足しているように、アイツもそれで満足していると思ってた。あくまでお互いの相手が見つかるまでの繋ぎ。もっと言えば、ただの大人の遊び。だから付き合っている訳ではないし、態々呼び出してまで言う事でもないだろ。それでなくとも同じノアなんだから、否が応にも顔を合わせる羽目になる。……なんて流石に其処までは言わなかったけど。
ともかく、俺はそう思いこんでしまっていたから。
「そうだね」
アイツが何を考えて、どんな気持ちで頷いたのか。
何で微笑んだのかもよく分らなくて。――多分、これから先もずっと分らないままだと思う。
それから数日もせずに、アイツに、暗殺命令が下されたから。
アイツは……イヴは、俺達ノアを裏切って何処かへ消えてしまった。
*
ギィと、錆付いた音を立てて目の前の扉が開く。家族が住む屋敷の一室。何度か入った事はあるけど、やっぱり暗い夜限定だったから明るい部屋に少しだけ違和感を感じる。と言うか、この部屋ってこんなに広かったっけ。
『イヴを見つけて』
部屋の中央にあるベッドへと近寄る。何となく淵に座った際、背後からイヴの寝息が聞こえた気がして振り返った、けど、当然イヴの姿はない。――なんでかな。分っていた筈なのに、息が、苦しい。
イヴが居なくなった。そんな話を聞いた時、もしかして俺のせいかと思った。俺がイヴを追い詰めたのかとも思ったけど、どうやら随分前から計画していたらしい。つまり、ずっと前から俺達を裏切っていた、と。
『教団に寝返る前に』
冗談だろ。だって、あのイヴだぜ。
家族を大事にしてたじゃねぇか。千年公の為に動いてたじゃねぇか。
何時も、笑ってたじゃねぇか。
『殺しなさイ』
千年公の言葉が耳から離れない。最後に見せたイヴの微笑みが瞼から消えない。
イヴを、殺す。できるのか、俺に。いや、それよりも何で俺なんだろう。ジャスデビやスキン、ルルだっているのに何で千年公は俺に言ったんだ。
――もしかして、知ってたのか。俺とイヴの関係を。知ってて殺せというのか。
「性格悪……」
口を伝ったのは言葉だったのか、それとも呆れ交じりのため息だったのか。……呆れ? 誰に対しての呆れなんだ。趣味の悪い千年公? 裏切ったイヴ? それとも……。
頭がモヤモヤする。いや、胸の中だろうか。それにモヤモヤと言うよりイライラかも。
『別れよ』
ノアから逃げる直前、俺の所に来て、泣きそうな顔で告げたイヴ。多分あれは、"俺"との関係だけじゃなく"俺達"に対しての別れだったんだろう。だから泣きそうな顔をしていたんだ。――でも、
『そうだね』
だったらなんで最後に笑ったんだ?
なんで、安心したかのように微笑んだんだ。
「あーもうわかんねっ」
考えた所で当然答えなんて帰ってくることはなくて。寧ろ普段使わない頭を使ったせいで頭に痛みを感じ、大声と共にベッドへと倒れこむ。
「――さむい、な」
ヒヤリとした感覚が背中から伝わてきて、改めて、もうこの部屋の主は帰ってこないのだと思い知らされた。
寒いんだ、君がいないから
(殺す前に俺が凍死しそう)