「これは?」

コト。と、テーブルに置かれた物を見ては、少女の首が小さく傾げられた。


「それは眼鏡ですヨv」

「眼鏡?」


長の言葉を復唱しながらも、まじまじとテーブルの上に置かれたソレ……眼鏡を見つめる少女。

外見こそ17.8程の年齢ではあるが、中身は幼子同然であった。いや、真っ白と言った方が正しいだろう。記憶という色を全て失った少女事イヴにとって、周囲のものは新鮮で、また好奇心を擽られるものばかりだった。
それを知っているからこそ、長である千年公は笑顔を崩す事なく言葉を繋げていく。


「こうして顔にかけるのでスv」


かちゃかちゃとイヴの顔に眼鏡をかけてやれば、「おー」と驚愕のような歓喜のような声があがる。付け慣れていない事で少々むず痒さを感じるが、それよりも世界が変わって見える事に感動しているようだ。


「……あれ?」


まるで虫眼鏡、或いは大人の眼鏡で遊ぶ子供のように辺りを見回していたイヴ。だが、ふと何かに気がついては、瞳に被せていた眼鏡を取り外す。
そのままゴシゴシと瞳を擦っては、再び同じ方向を見つめる、と。


「……んん?」


目の前に移っているのは、何時もと何ら変わらない光景。不自然な所も無ければ、何時もと変わった様子すらない。


――気のせいだったのかな。


もう一度瞳を擦って確認してみるものの、やはり変化した様子はなく。自分の見間違いだったのだろうと納得しては、再び眼鏡を瞳へと被せる。


「――えっ!?」


その途端。今まで"普通"だった物が、いや、者が変化していた。


「えっ、あれ、せ、千年公……!?」

「はイ?v」


驚愕の声を上げながら、周囲へと顔と視線を動かすイヴ。その際千年公の名を呼べば、確かに前方から彼の声が聞こえてはくる。――のだが、眼鏡越しに長の姿は映っていなかった。

というのも、一体何がどうなっているのか、千年公がいる筈の場所には別人が……見慣れない初老の紳士が座っていたのである。

確かに千年公も初老……と、思われる紳士ではあるのだが、彼の特徴の一つと言えば、その"ふくよか"な体系だろう。だが、今イヴの瞳に映っているのは、明らかにスレンダーで、凛々しい叔父様タイプ。更にその人物から千年公の声が聞こえてくるとなれば、イヴが混乱してしまうのも無理はない。

もっとよく確めようと、眼鏡を外して確認してみる。――が、裸眼で見えたのは、普段と何ら変わらない千年公の姿だった。


――な、なんで……!?


何度も自分の瞳を擦っては眼前を確認するものの、やはり千年公は千年公のまま。となると、眼鏡に何らかの仕掛けがあるのかと三度装着する。――と。


「……!?」

「どうかしましたカ?v」


やはり声こそ千年公のものではあるが、眼鏡越しに映っている姿は普段の千年公でもなければ、先程の紳士でもなく。


「はぅ……」


理解できない事に加え目への負担が大きかったのか、ついにイヴは、パタリとその場に倒れてしまったのだった。


「オヤオヤv」


倒れたイヴを前に、ヘラリと笑う男。シルクハットこそ千年公や初老の紳士と同じではあるが、どちらかと言えば"一見頼りなさ気の中年"と言った風貌である。


「少々遊び過ぎましたねぇ」


片手を自分の後頭部へと当てながらも、反省した様子もなく笑う男事千年公。エクソシスト達に最も恐れられているノアの第一使徒は、意外とお茶目らしい。


眼鏡のズレを

 
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