「雨、止まないね」

そう呟いて、彼女は幾度と空を見上げていた。



七月七日。アジアでは『七夕』と呼ばれているらしい。特に日本では、"願いを書いた短冊を笹に飾る"という風習もあるようだ。
そうすると叶うのだろうかと、教えてくれたコムイさんへと尋ねてみたけれど、彼はただ笑っていた。

「それは試してみないと分からないよ」

と、僕に一枚の短冊を差し出しながら。



「あ」

それから数分。空腹を満たす為に食堂へと向かっていると、廊下の窓から外を見つめている少女と遭遇した。いや、"遭遇"と言うよりかは、"見つけた"というべきだろうか。何せ彼女はまだ、僕の存在に気が付いていないのだから。

「イヴ」

小さく、目の前の少女の名を呼ぶ。けれど、彼女からの返答はない。
ぼんやりと外を眺め、時々、緩く窓を叩く雨にそっと重なる指。
彼女の身体は確かに目の前にある。でも、彼女の心はココにはないのだろう。何処か遠く、それも僕の声が届かない程遠くにあるのだ。

――ムカツク。

「イヴ」

少し強く彼女の名を呼ぶ。
でもまだ、彼女には届かない。

「イヴ」

更に強く名を告げる。
彼女の心を無理やり連れ戻すように。何処かではなく、僕の前へと縛り付けるかのように。

「イヴっ!」
「わっ!?」

四度目の声。それは最早名を呼ぶのではなく、怒声に近かった。廊下だった事もあり、予想外に反響してしまったけれど、そのお陰でイヴにまで聞こえたらしい。

「あ、アレン!? 何時からそこに?」
「さっきから居ましたよ。僕をシカトするなんていい度胸ですね」
「や、シカトしてた訳ではないけど……。そ、それより何か用?」
「用がないと話し掛けちゃいけないんですか?」

自然と鋭くなる口調。別に怒っている訳ではない。彼女を咎めるつもりだって、困ったように、苦々しく笑う顔を見たかった訳でもなくて。ただ……。

「……何を、見てたんですか」
「外。っていうか空、かな」

ああ、なんて話のそらし方が下手なんだろう。そんな自己嫌悪にさえ陥ってしまうけれど、イヴは不審がる様子も、それ以上追求する事も無く話を合わせてくれる。

「折角の星合なのになぁ。って」
「星合?」
「うん。アジアに七夕って行事があるの知ってる?」
「それならさっきコムイさんに聞きました」
「そっか。星合は七夕の別名でね、織姫と彦星が出会える日だから、星合。一年に一度しかない、二人にとってはとても大切な日」

そうイヴは小さく微笑み、また窓の外へと視線を向ける。

「この時季に振る雨は催涙雨って言って、織姫達の涙なんだって。大好きな人に会えない事が悲しくて、辛くて、寂しい涙」

言葉と共に窓ガラスへと触れるイヴの指。反対側を流れ落ちる水滴へと合わせるソレは、まるで拭おうとしているかのようにも見える。

「その気持ち、なんとなく分かるな……」
「……イヴ?」

その声は本当に小さな小さな呟き声で、僕の耳に入る前に、雨の音に覆われてしまった。

「――なんてね。実を言うと、夜に街に行く約束があるから、雨止まないかなぁって思ってみてただけなんだ」

雨降ってたら中止しないとだし。なんて、僕を見てケラケラと笑うイヴ。
彼女はきっと、笑顔のつもりなんだろう。
でも。

「……雨、止むといいですね」
「うん。止むと良いね」

でも、僕の切り替えが下手なのように、彼女もまた、嘘と笑うのが下手だった。


さかさま片思い
「コムイさん。この短冊やっぱり効果ないですよ」
「ん、そう?」
「はい。だって彼女、泣いてましたもん」


 
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