歩道から溢れかえる程の人の群れ。休日と言う事もあり、普段の倍とも言える波が町全体を流れているようだった。
その光景を前に、つい口から淡い嘆息が零れ落ちる。
"行き"の時は特に苦でも憂鬱でも無かったけれど、"帰り"となった今はちょっとだけ気が重い。多分、増えた手荷物と疲労感のせいだろう。

――どうしようかな。

出てきたお店の前で暫しの思索。このまま電車に揺られて帰るか、それとも迎えに来て貰うか。……まぁ、多分まだ寝てるだろうから前者しかないだろう。
そう思っては、再び苦笑交じりのため息を落としかけた――その時。不意に、バッグに入っていた携帯から振動を感じた。

「もしもし?」
『あ、オレオレ』

着信である事を確認しては、周りの騒音を遮断するように電話とは反対の耳を抑える。すると機械越しに聞こえ来たのは、すっかり耳に馴染んだ男の人の声。

「オレなんて人は知りません」
『愛しのダーリンだって』
「いとい市のガガーリン?」
『うん、ちょっと無理あると思うぞ』

思わずそっけない言葉が口を伝ってしまったけれど、きっと今の私は満面とも言える笑顔を浮かべているに違いない。何時も聞いている声なのに、何故か嬉しく感じる。安心感、と言う奴だろうか。

『えーっとですね。ティキ・ミックなんですけど、うちのイヴ知りませんか。朝起きたら物抜けの殻でして、お陰で風邪引きそうなんです』
「ああ、実家に帰るって言ってましたよ。何でも、"ここニ、三日ゆっくり眠れない"とかで。もう少し労ってあげて下さい」
『やー、これでもカナリ手加減してるんですけどね』

ホントかなり。と再度強調されては、呆れよりも笑いがこみ上げてくる。もしこれが隣で言われた事なら、素直でない私は、ただ顔を赤く染めて怒っただけかもしれない。そう考えるとやっぱり電話って便利だ。

「そんな事言ったら当分帰ってこなくなっちゃいますよ」
『それは流石に困るんで、丁度今迎えに来た所ですよ』
「え?」
『道路の向かい、見てみ』

その言葉に驚いて顔を上げたのと、道路の向かいでバイクに乗っている彼の姿を見つけたのは、ほぼ同時だった。



視線の先には
「ティキ!」
「お迎えにきましたよ、奥さん」
「よくここにいるのが分かったね」
「昨日言ってたじゃん。進んで迎えに来くるなんて、俺ってば優しい旦那様だな」
「うん、優しい優しい」
「なーんか投げやりに聞こえるけど、まぁいっか。ほら、ちゃんとメット被れよ」
「これぶかぶかなんだよね」
「ん。んじゃ、ついでに新しいお前用の買ってくか」


 
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