別に、逃げてる訳じゃない。
今はただ、このままで居たいだけ。


「ふーん、今度はそうきたか」
「……何か言った?」
「べつに?」


おかしな会話だ。いや、これが会話と言えるのかも微妙だけれど。
とりあえず「あっそ」と言葉を返しては、手元の本へと視線を戻した。
文字が隙間無く綴られた書物。実を言うと、この本は前に読んだ事がある。それも最近の事であり、内容も大体読まなくても覚えている程。それでもまたこの本を紐解いたのは、所謂「場をやり過ごす為」と言う奴だ。――もっとも。


「まだ話の途中なんだけど」
「あっ」


それをこの男が許してくれる筈もなく、私が力を入れるよりも先にどこかへ飛んでいってしまった。文字通り、ぽーんと空中を湾曲して。


「普通取り上げる事はしても、放り投げたりしないんじゃないの」
「話の途中で余所見した方が悪い」
「その話の前から本読んでたんですけど」
「こっちは至急且つ重要なの。本なんて何時でも読めんだろ」


そう告げる男、ティキは、珍しく真剣な表情を浮かべていた。それなりに端整な顔つきだからか、それなりに様にはなっている。のだけれど、普段の彼を知っているせいか、妙に笑いがこみ上げてきてしまう。


「コラ、何笑ってんだ」
「や、ティキに真面目な顔は似合わないなぁって」
「俺はいつだって大真面目なんですけど」
「以前パンツ一丁でウサ耳つけられてた時も?」
「……そりゃ、たまには羽目を外す事だってあるわけよ。つーか、話反らすなっての」


残念。このまま話を別の方向に持って行こうとも思ったんだけど、今日のティキはソコソコ賢いらしい。それとも、本能的に嗅ぎ分けているとか。


「とにかく、そんな理由じゃ納得できねぇ」
「納得できなくても本当の気持ちだし」
「んじゃ、俺も諦めない」


軽く肩を竦める私に対し、真っ直ぐに瞳を見つめてくるティキ。やっぱり何処と無く真面目な表情に違和感を感じるけど、でも、先程のような笑いはこみ上げてこなかった。
彼の真剣さに押されたのか、それとも、私の中で違う感情が反応したのか。


「ティキが、辛いだけ、だよ」


数秒の沈黙を経て、私の口から毀れる声。それは微かに振るえ、掠れてすらいた。まるで今の私の気持ちを表すかのように、私自身が知らなかった感情をのせて。
予想にもしていなかった出来事。でも、一度伝ってしまった声は二度と取り消す事はできなくて、後悔からなのか、それとも羞恥からなのか、自然と顔が俯いてしまう。


「それでもいいよ」


再び訪れる数秒の間。次にそれを破ったのは、優しいテノールだった。


「イヴが俺の事を嫌いにならない限り、俺は絶対納得いかないし、諦めたりもしない。例え辛くたって、イヴを好きだっていう気持ちを抑える事できねぇもん」


聞こえてきた言葉に思わず視線を上げてしまえば、パチリと視線が絡み合う。先程と同じ真っ直ぐな双瞳。でも、先程よりも優しくて、愛しさが込められた金眼。その瞳に捕らえられたように言葉さえ発せなくなっている私を隣に、「だからさ」とティキの声が続いていく。


「いい加減認めちまったら? 本当は俺の事が好きだって」




ほろりとおちて
(いつまでも、愛せない理由ばかり探してないでさ)


 
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