「よっ、イヴ」

「ぎょわあああっ!?」


 ―どんがらがっしゃんっ!

そんな大きな音が教団の食堂、更には廊下へと響き渡っていく。後に聞いた話だが、どうやら他のフロアにまで反響していたらしい。


「ら、ラビッ!! いっつも急に現れないでって言ってんでしょ! 大体なんでテーブルの下にいんのッ!?」


危なく背後に倒れそうになった身体を支えては、前……と言うより、テーブルとイヴの脚の間から身体を出している青年へと声を荒げる。

片目を覆う眼帯と、燃えるようなバーミリオンの髪が特徴の青年。真実と言う歴史の裏を知り、後世へと残す役目を持つブックマンの弟子、ラビ。――とは言っても、今の彼は何処から見ても"怪しい青年"でしかないが。

そんなラビが突然且唐突に脚の間から現れたのなら、誰だってイヴのように奇声という悲鳴を上げていただろう。寧ろ失神しな事を褒めて欲しいくらいだ。
もっとも、その張本人であるラビはヘラヘラと笑っているだけだが。


「フォーク落としちまったんよ〜」

「その割には食事らしきものが見当たらないんですけど……!」

「あれ? おかしいさね〜」

「そう言って抱きつくアンタの方がおかしいわぁぁぁあッ!!」


さっきまであったんさけど。なんて告げつつ、何故かぎゅーっとイヴの腰へと両腕を回すラビ。相手が恋人であるイヴだから叫ばれるだけで済んではいるが、端からみると立派なセクハラ。変態兎のレッテルすら貼られるだろう。……いや、既に貼られているが。


「大体フォーク持ってないじゃん!」

「みつからなかったんさ」

「本当に落としたの!? もしかして私が来る事知ってて狙ったんじゃ……!」

「俺だってそんなに暇じゃないさ!」

「現在進行形で抱きついてる奴がよく言うわっ!! いーからささっと離さんかいっ!」


ぎゅーっとしがみ付くラビに対し、グイグイと顔を押し退けるイヴ。といっても、当然力で彼に叶う筈もない。寧ろ、イヴが押し退ければ押し退ける程に腕へと力が篭っていく。


「いだだだだっ!! うでっ、腕が身体にめり込んでる! 内臓的な何かが口からでるーーっ!!」


メキメキッと体が悲鳴を上げたような気がしては、口から更に大きな悲鳴が零れる。
一見ひょろっとした優男風のラビだが、エクソシストである手前一般青年よりも力は強い。まさかこのまま、ヒキガエルのように"ぺっちゃんこ"にされるのでは――なんて本気で命の危険を感じた、その時。


「アンタ達っ、いい加減にしなさーーいっ!!」

『うわっ!?』


騒ぎに耐えかねた筋肉乙女……もとい、食堂の主であるジェリーの怒声により、なんとか危機一髪の所で救出されたのだった。



†††



「へぇ、そんな事があったんですか」

「お陰でこっちは昼抜きッスよ……」


隣を歩くアレンへと先程の出来事全てを告げては、ガックリとイヴの肩が項垂れる。
なんでも騒ぎに加え、折角の料理をぶち巻いてしまった事で、こってりとジェリーからお説教を食らったらしい。
「私は被害者なのに……」と弁解もしたのだが、結果は言わずもがな。


「それは拷問ですね……!」

「そこにだけ感情輸入されてもなぁ」


"昼食抜き"という言葉に対し、とても険しい表情を浮かべるアレン。彼らしいと言えば彼らしいが、なんだか複雑だ。


「もうどうにかして欲しいよ、あの変態兎……」

「だから僕に乗り換えれば良いのに。イヴなら何時でも大歓迎ですよ」

「腹黒は全力で遠慮します」

「やだなぁ、僕の何処が腹黒だっていうんですか?」


こんなに白いのに。と満面の笑顔で告げるアレンに対し、「瞳がまっったく笑ってないんですけど」と口を開く。……が、あえてその言葉を告げる事はしなかった。あまり黒くろ言っていると、本当に黒アレンが降臨しそうだ。


「でも、ま。きっとイヴが無事に帰ってきて嬉しいんですよ。昨日まで任務だったんでしょ?」

「うーん……」

「少し位なら大目に見てあげてはどうです? はい、これ」


居住区にある一室。イヴの部屋の前まで辿り付いた事で、アレンから持っていた書物を手渡される。元々イヴが書庫から借りた物であり、また彼女が持って歩いていた本。昼食抜きのせいでフラフラとした足取りで歩いている所を、偶然アレンと遭遇したようだ。

持ってくれた事に素直に感謝を告げると、アレンにもふんわりとした喜笑が浮かぶ。ラビが"寂しやりがの兎"だとすると、アレンは"ちょっと黒い忠犬"だろう。ぐりぐりと頭を撫で回したい衝動に駆られていた――その時。ふと、突き刺さるような視線を感じた。


「ん?」


それはアレンも同じだったらしく、狙った訳ではないのに重なる声と動き。
同時に声を零し、同時に横を向き、そして。


「……」


同時に硬直したのだった。
せめてもの救いは、"戦慄"ではなく、あくまで"硬直"した事だろう。

と言うのも、二人が向いた先にあるのは、イヴの自室へと入る為の扉。更に、其処から身体を半身だけ覗かせ、二人をじと目で睨みつけている眼帯青年の姿。


「……………」


それが誰であるか、最早説明するまでもない。まして触れるべき問題はそこではないのだ。問題は、何故イヴの自室に彼がいるのか。どうやって鍵の掛かった部屋に侵入したのか。はたまた先回りして何をしていたのか。
そんな疑問が沸々と湧き上がってくるものの、数秒の沈黙の後、イヴが取った行動は一つ。

 ―パタン。

そう、静かに閉じられる扉。何事も無かったと言うように、イヴは自室の扉を閉めた。廊下に出たまま自室の扉と、そして自分の記憶に蓋をかけたのだった。



Lonely rabbit
「……イヴ、今の……」
「見てない。私は何もみてない。奴のポケットに何か詰め込まれていたの何かみていない」
「……イヴも大変ですね」
「うわぁあああっ!!」


お題:振り向いても君。向き直っても君


 
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