傍若無人。それは、その男を説明するに最も相応しい名称だろう。
携える大型拳銃(リボルバー)は、どんなアクマをも打ち抜き。従える死体(キャダヴァー)は、どんな人をも操る。
天下無比の強さと、冷酷無慈悲の精神を持つ男。

「オイ」
「!!」

それが、最強最悪と謳われたエクソシスト、クロス・マリアン。

「酒もってこい」

そして今――私の目の前にいる人である。


†††


事の始まりは、今から数刻前。師であるティエドール元帥に連れられ、初めて教団(ホーム)へと来た事から始まった。

エクソシスト、更には黒の教団の本拠地であるホーム。そこに"初めて"来たと言うのは、私が新米エクソシストだと言っているのと同然だった。――いや、実を言うとまだエクソシストでもなかったりする。一週間前にイノセンスを得たばかりのエクソシスト"見習"、それが今の私の立場。

本来ホームへ訪れるには、一人前のエクソシストなってからなのだが……どうやら私は数少ない"異例"らしい。と言うのも、適合した筈のイノセンスが見つからないのだ。手荷物は勿論、身体に異変すら見られない。これには師であるティエドール元帥もお手上げとの事で、確かめるべくホームへと訪れたのである。
そして――。

「なんだ、このチビは」

運悪く、時を同じくして帰還……もとい無理やり帰還させられた『彼』と遭遇してしまったのだ。


†††


「オイ。何んな所で蹲ってんだ」
「ヒッ!!」

部屋の片隅で蹲って震えていた私に対し、彼……クロス元帥から声を掛けられる。
大きくてゴテゴテのソファを陣取っている彼は、まるで僕に命令を下す魔王のようだ。こんな人が神に仕える神父だなんて、絶対嘘だ……!!

「震えてねぇで酒の一つでももってこい」
「……!!」

私に向かって再度投げかけられる、低いドスの聞いたバス。それは態度同様に威圧的で、
思わず首を頷きかけてしまう。……が、瞬時に師であるティエドール元帥の言葉を思い出しては、ふるふると首を横へと振リ直した。
上の人を呼びに行くから、この部屋から出ないようにと言った師。師の命令に従う事を誓わされている為、背く事は許されない。

「あ? なんか言ったか?」

なんて思ったけど、既に挫折しそうです。早く帰ってきてティエドール元帥ぃぃ!!

「なんだお前、俺の見張りじゃねぇのか」

ただただ部屋の隅っこで怯える私を見ては、不意にクロス元帥の言葉のトーンが落ちた。
見張り……? どういう意味だろ?

「その格好からすると教団内部――という訳でもなさそうだな。ティエドールが連れてきたっつー見習か?」

一瞬片眉を顰めたクロス元帥だけれど、すぐに直したかと思えば、ズバリと言い当ててしまった。この人はエスパーかなんかだろうか。

「お前、名は?」
「……」

彼が声を出す度にただビクビクと震える私。声が出ない訳ではない。――いや、やっぱりでないのだろう。彼の威圧に押されて。

「テメェは自分の名前も言えねぇのか?」
「ヒッ!! ……イヴ……です」

そんな予感はしていたが、やはり元帥の気は長くないらしい。脅すかのようにギロリと睨みつけられては、条件反射……もしくは、危機回避的に声が零れていた。

「ふん。普通に話せんじゃねぇか。イヴ……ねぇ」
「……?」
「ちょっとこっち来い」

私の名を言葉にしたかと思えば、元帥のしなやかな指がチョイチョイと私を招き寄せる。……正直言って近寄りたくないし、関わりたくすらない。でも、従わなければ何をされるか分からない訳で。

「待たせんじゃねえ」
「はいっ!!」

恐る恐る、それこそ牛歩戦術並の速度で時間を稼ごうとしたけど、結局無駄な行動だった。あかさまな程の怒声を浴びせられ、脱兎の勢いで元帥へと駆け寄っていった。
一体何をされるのだろうかと恐怖でガタガタと身体が震えていた、けれど。

「……」
「……」

元帥はただ、じーっと私の瞳を覗き込むだけだった。ソファに座りながら瞳を覗き込む元帥と、訳もわからずに立ち尽くす私。
掴まれている訳ではない為、逃げようと思えば逃げれたかもしれない。でも何故か、元帥から視線を動かす事ができなかった。
――瞳に囚われる。
今の私は、まさにそれだった。元帥の隻眼に魅入られ、指先一つ動かす事ができない。

「――なるほどな」

長いようで短い沈黙。それを先に破ったのは、当然目の前にいる元帥だった。
まるで何かを悟ったかのように――いや、面白ものでも見つけたと言わんばかりの表情を浮かべている。
何なんだろう。そう首を傾げながら元帥へと尋ねようとした……所で、不意に背後の扉が音を立てて開いた。

「イヴ、お待たせ……おや?」
「あれっ、クロス元帥!?」

聞こえてきた声に反射的に振り返れば、そこに居たのは待ち望んだティエドール元帥と、長身でベレー帽を被った男性。恐らく彼こそ、師が呼びに行った人物なのだろう。

「し、ししょ――ぉおお!?」
「丁度いい。コイツ貰ってくぞ、ティエドール」
「は?」

待ち望んだ見知った顔に、安堵の涙を浮かべながら駆け寄ろうとする私。――だが、それを遮るようにして突如身体が浮遊感に襲われた。足が地面から離れ、同時に直ぐ近くから聞こえる低音ヴォイス。

「お前にゃ手があまる。こっちも丁度下僕が欲しかった所だしな」
「げぼ……!?」
「ちょ、ちょっとクロス元帥! 何いってるんですか!!」
「……手にあまるって事は、君は彼女のイノセンスが分かったのか」

隣で慌てている男性とは裏腹に、ティエドール元帥は至って冷静だった。慣れているというか、論点がずれているというか……。そ、そんな事より助けて下さいよ、ししょぉー!!

「検討はついた。それを引き出せるかはコイツ次第だ」
「ふむ。ならしょうがないな」
「なっ、ティエドール元帥まで何いってるんですか! 一度決めた弟子を違う元帥に引き渡すなんて……って、何処行くんですかクロス元帥!」
「もうここにいる必要もねぇからな。安心しろコムイ、コイツは俺がちゃぁんと一人前にしてやるよ」

まるで荷物のように私を脇に担いでは、カツカツと無機質な廊下を進んでいくクロス元帥。そのすれ違いざまに男の人へと言葉をかけたかと思えば、更にポツリと小さな声が頭上から降ってきた。

――下僕としてな。

……と。
それを聞いた途端、顔だけではなく身体全体から血の気が引いていき。


「い……いやだぁああああっ!!」


教団に初めて来たその日。初めて、張り裂けんばかりの悲鳴をあげたのだった。



一 目 見 た と き か ら
嫌な予感がしてたんです……!!



 
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