学生時代付き合っていたおそ松と別れた今も、彼から毎年一回だけ送られてくるメッセージを楽しみにしていた。そしてわたしも彼に毎年一回だけメッセージを送っている。社会人になると、時間が過ぎるのはとても早くて、毎年彼の誕生日が近くなる度思い出す。そして自然と、0時ぴったりにメッセージを送り、その日だけ連絡を取り合って『おやすみ』をする。毎年もう止めようと思っても、何かを忘れる事が出来なくて仕事を始めた今でもずるずると続けていた。そりゃあ、彼氏が居る時もあったけれど、『おめでとう』を言うくらい問題ないだろうし、わたしも言われたい。なんて理由を付けて、繋がりを断つ事を拒み続けていた。わたしは心の何処かで忘れられない存在を、機械の中のメッセージだけで満たしている。…今でも0時ぴったりにメッセージをくれるのは、彼だけだ。だからわたしも彼の誕生日は一番最初に祝ってきたし、祝いたいと思った。


  今年も悩みに悩んでいつも通り誕生日にメッセージを送った。いつも通りに返って来るメッセージに安心しながらも、何処かでがっかりしている自分もいた。何を、期待していたんだろう。『おめでとう』を言った後は『ありがとう』を言う番だ。考えていても季節は巡り、直ぐにわたしの誕生日がやってくる。


・・・


  仕事から帰ったわたしの机の上には、友人からの誕生日プレゼント。わざわざ家まで来てくれて、プレゼントを届けてくれた。ちなみに…誕生日は明日だけど…。1日早く会いに来てくれた友人達には内緒だ。大好きな友人から、そして欲しかったプレゼントを貰って幸せなのに、わたしは日付が変わる瞬間を待っていた。明日は仕事が休みだし、少しぐらい夜更かししてもいいよね?適当な理由を付けていつもなら直ぐにお風呂に入って寝る準備をするのに、携帯を弄ってみたり、テレビを見たりしていた。まるで期待している事を悟られないように。そして時計の針を見ながら、ゆっくりと日付が変わる。日付が変わったからといって、何か音がする訳でもないし、何かが見えるように変わる訳でもないけれど、携帯が震えるその瞬間、ドキドキと心の底から嬉しさがこみ上げる。


…あれ?


  メッセージを知らせる振動はあったのに、探している名前がない。毎年一番に来ていた名前が、何処にもなかった。『誕生日おめでとう!』と毎年同じシンプルな文が送られてきているはずだ。でもそこに記載されていた名前はわたしが望んでいた名前ではなかった。時間が少しずつ経っていくにつれて、携帯が何回も震える。その度変な期待をしながら、携帯のホーム画面を見てはため息を吐いて、泣く泣く画面を伏せた。そうだ、毎年わたしだってメッセージを送る事を悩んでいた。…迷惑じゃないかな、返信返ってくるかな、と。おそ松はきっと、まだ送られてくる『おめでとう』が面倒だったのかもしれない。ここできっちり終わらせる事が、良いのだろう。どちらかが止めなければ、ずるずると続くこのやり取りに期待をしてしまう。


『ごめん、今本当に忙しくて…別れたい』
『うん』
『本当にごめん、』
『バーカ、なまえが頑張ってるの知ってるからいいよ』


  あの時バイトも勉強も忙しくて、何も考えられなかった。唯一わたしを分かってくれたおそ松でさえ、拒絶してしまった。そして段々と生活に慣れていく内に芽生えるのは、後悔。何にもしていないただのニートだけれど、わたしの事を一番に考えてくれていて…何処までも優しかった。思えばわたしから別れを告げたのに、誕生日もメッセージ送ったりして図々しかったなあ。繋がりが切れてしまったと悟った瞬間、わたしはあの時の選択を後悔して初めて泣いた。誕生日なのに何を泣いているんだろう。カチカチと時計の針の音と、外からの虫の声だけ耳に残って時間の流れを感じる。認めてしまえば、もう落ちてしまう。わたしはずっとおそ松の事を忘れられなかったのだ。

  良い加減にお風呂に入ろうと立ち上がった瞬間、机の上の携帯が震えて着信を示していた。一体この時間に誰が、と思って画面だけ見てみるとそこには待ち焦がれていた名前が表示されていた。手が震えてなかなか通話ボタンが押せなくて、耳に当てる事が出来たのは何コール目だっただろう。恐る恐る声を出してみると、思わず声も震えて、座り込んだ。


「もしもし…」
「なまえやっと出たよー」
「おそ松?」
「なんで疑問系なんだよ」
「だって、びっくりして」


  急な電話にも関わらず、おそ松の調子は相変わらずだった。利き手で携帯を耳に当てながら、空いた手を自然と信じられない、とても言うように自然と口元に寄せる。この声は間違いなくおそ松だったけれど、この都合の良い事実を受け入れられていなかった。


「あー、こんな時間だもんな」
「…う、うん」
「あと、遅くなったけどさ」
「…」
「おめでとう、誕生日」


  その言葉はじわりじわりと心に侵食する。電話口の向こう側では、びっくりして何も答えられないわたしの反応に少し困っているように感じた。「電話するか迷ったんだけど」と笑うおそ松の声が聞こえるけれど、おめでとう、の声が耳から離れなかった。

  ずっとわたしはあなたのその言葉を待っていたんだ。『ありがとう』心の中で何度も何度も繰り返すけれど、声にならない。しばらくの沈黙の後、おそ松から恐る恐る名前を呼ばれた瞬間ハッとしたように声を出した。


「会いたい」
「…、」
「会いたい…おそ松」


  その言葉に後悔は無かった。伝えたかった言葉とは違うけれど、その言葉だけで伝わると思った。この数年の想いを込めて、わたしはおそ松に伝えなければいけない事が山ほどある。今度はおそ松が口を閉じる。長い沈黙が少しだけ不安にさせるけれど、もう何故か怖く無かった。理由は分からないけれど、答えてくれる気がしたんだ。


「わかった、会いに行く」
「…え、」
「俺ニートだから、今からでも行けちゃうよ、いいの?」


  まるでもう逃げられないよ、とでも言うように楽しそうに答える。それでも良い、何度も後悔したあの時をこれくらいで正せるなら、本望だ。


「待ってる」


  迷わず出した答えに、彼は優しく笑ったように感じた。


2016.0926
ーーーーーー
尊敬するやまださんへ、happybirthday!
特別であること