この春から社会人になって毎日が目まぐるしく過ぎていって、ようやく慣れてきた頃にはすっかり夏が終わっていた。落ち着いてふとこれまでのことを思い返せば、先輩で恋人のなまえさんと会う時間はやっぱり減っていた。忙しいだろうということは俺よりも一年早く社会人になったなまえさんの様子を見ていたから薄々気づいていて、予想通りというよりも予想を上回るくらい忙しくて。お互いの休みがなかなか合わずにデートらしいデートも指で数えるほどしかない、連絡を取り合ってはいるしよく仕事終わりに落ち合って食事をしたりとかはあっても、どうしてかどこか不安がちらついてしまう。高校のときに出会って付き合い始めて、一緒にいた時間が長かったし去年までは俺はまだ学生で、就職活動が終われば時間はかなり余っていたものだからなまえさんの仕事の時間に合わせることだって簡単だったのに。会えるかと聞いて断られたり、会えるかと聞かれて断ることがこの数ヶ月増えたと感じる。我ながら女々しいと思うけどなまえさんはちゃんと、好きでいてくれているだろうかとか、愛想を尽かされてはいないだろうかとか、会ってしまえば、なまえさんの顔を見たらそんなの吹き飛んでしまうのに。


(次はいつ会えるんだろう、)


昼過ぎにようやく返信が来たと思ったら、仕事上でトラブルが発生したらしく、残業になりそうだと泣き顔の絵文字と一緒に送られてきたメールを見返す。思わず吐いてしまったため息がなんとなく嫌で、アルコールと一緒に飲み込んだ。空になったコップをテーブルに置く。就職してから昔よりも酒を飲むことが増えた気がする。大丈夫ですよ、また今度にしましょう、そう返したものの、どこかで残念だと思う自分がいた。変わったことばかりだ、仕事でも、私生活でも、なまえさんとのことでも。同じ部署の先輩に連れられて訪れた居酒屋で、嫌な気持ちを忘れたくてついつい飲むスピードも早まってしまう。強いわけではないと分かってはいるけど。


「赤葦、あんま飲みすぎんなよ」
「大丈夫です」
「顔真っ赤だぞ、そろそろ帰るか」



大丈夫です、と繰り返したら大丈夫っていう奴に限って大丈夫じゃないと先輩に半ば無理矢理立たせれた。時計を見るともう0時を回るところで、どんだけ飲んでたんだとすこしだけ我に帰る。それでも酔いが回った頭はどうにもふわふわして、先輩は心配していたけどそのまま歩いて帰ることにした。
会計を済ませて店を出ると夜風が優しく頬を撫でる。もうすっかり秋になった夜は寒い、さっさと帰ろう。そして眠ってしまおう。そうしたらきっと、明日になればきっと、この嫌な気持ちも忘れられるだろう。明日は会社も休みだし、朝起きたらなまえさんに連絡を入れてみよう。もしかしたら会えるかもしれない、そうじゃなくても、別にいい。そう思うことにして、先輩と別れてからひとり道を歩く。外灯はぽつぽつと明かりが灯っていて、風の音が耳を掠める。木々が揺れて葉の擦り合う音に包まれながら、歩いた。


仕事は終わっただろうか
もう家にいるだろうか
トラブルは大丈夫だったのだろうか
なまえさんのことだから相当焦っただろうな
疲れただろうな
次に会ったときはどこへ出かけようか
なまえさんが観たいって言ってた映画でも観に行こうか
いつ会えるんだろう


会いたい、


(会いたい、…)


なんでこんなに不安になってるんだろう、女々しくて情けないくらいに。ああ頭がふわふわする、きっと真っ赤になった頬は熱い。今日は帰って風呂入ってすぐ寝よう。そうしたらきっといつも通り、いつも通りになるから。
そう思っていたのに。



「あれ、ここ…」



気がつけば見慣れたアパートの前に立っていた、だけどここは自分のアパートじゃない。酔って--さんへの想いをとうとう拗らせたらしい、足が勝手に彼女のアパートに向かっていたようで。ああもう来てしまったのはしょうがない。階段を上がってドアの前まで来たけど、まだ帰ってきていないのか、明かりはついていなかった。インターホンを押して待ってみたけど応答もなし。帰ろうか、でも。たまには俺がわがままを言ったっていいだろう。なまえさんのわがままなんていつも聞いてるんだから。酔っているからなのか、自分でもわけがわからないままにドアの前にしゃがみ込んだ。


スマホを開いてみるとなまえさんからはなにも来ていなかった。俺ばっか好きみたいでなんだか、いやそんなことはないはず、とか、考えるだけでもやもやが大きくなる。さすがに飲んだ後だといっても夜は冷える。帰ってこないわけはないけど、心の中で急かしながら待つ。30分くらい経ったとき、階段を上がってくる足音がした。



「…京、治?」



顔を上げると、久しぶりに見た彼女に、なにかがこみ上げてきて、立ち上がって、驚いた顔をしながら突っ立っているなまえさんを、ぎゅう、と抱きしめる。



「ずっと待ってたの?手冷たいよ」
「…30分くらいですかね」
「ねえもしかして飲んだ?お酒くさい」
「会社の先輩と飲んできました」
「だからこんなにほっぺ赤いの?飲みすぎた?寒いからかな、」
「なまえさん」



心配してくれる彼女のことばを遮るように名前を呼んで、先ほどよりもきつく抱きしめる。久しぶりだ、なんだか嬉しさやら愛おしさやらがごちゃまぜになって、好きだなあと思う。やっぱり会ってしまえば、不安なんか吹き飛んでしまった。



「会いたかった、」
「…わたしもさみしかったよ」
「なまえさん」
「なあに」
「一緒に暮らしませんか」



会えない時間が増えていくのにもううんざりなんです、たまには、


わがままを言ったって、いいですよね。







「わたしもそう思ってた」


そう言って俺の頬を両手で包んで、笑うなまえさんが可愛くて、嬉しくて、愛しくて、また強く強く抱きしめた。



タイトル→彼女の為に泣いた
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▼ここから追記
「ふふふん」の十万企画に恐れ多くも参加させて頂きました。改めておめでとうございます、これからも大好きです!!赤葦くんと年上彼女との設定をリクエストさせて頂いたのですが、もうリクエスト通りのお話しで…切なく苦しくも、甘くて。赤葦くんイメージ通りの夢小説でした。素敵な夢を本当にありがとうございました!ゆずちゃん大好きです。
やよい


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