人の出入りも激しくなり、お化け屋敷なんかは1時間待ちが当たり前のようになってきた。浴衣を着て準備をすると、わたしの携帯がリズムよく音を起てて鳴り出した。午後の分がまさかの1時間で完売したという連絡で、楽しみにしていた浴衣を着たわたし達は悲しいのやら嬉しいのやらだった。とりあえず浴衣は着て、自分のクラスの様子を見に行く事にした。完売しました、というダンボールがメニューの上に貼られ中では早くも片付けが行われていた。担当してくれた人達にお礼を言うとわたし達は、明日の朝1番に店番を担当する事になった。もう少しで文化祭一日目は終了となる。急いで他のクラスの催し物を回るみんなの姿に微笑ましく思いながら、わたしはジルくんのクラスに行っていない事に気づき、浴衣のまま教室に向かった。


「ジルくん今も担当なの?」


  教室のドアを改装した注文場所からジルくんの姿を見つけると、アイスを買おうとする列の反対側から顔を出した。


「やっと来たのかよ」
「なかなか忙しくて」


  ため息をつきながらも嬉しそうに笑ったジルは教室から出てわたしの側まで近寄った。


「浴衣、似合ってんじゃん」


  ナチュラルにそう言うものだから恥ずかしくなり、思わず自分の浴衣の裾を握り締めた。まあわたしの浴衣はピンク系統ではなく紺色で、ジルくんの好みではないからなあと少し残念に思った。社交辞令ではあるけれど素直に嬉しかった。ジルくんは文化祭委員だから、担当する時間も長いんだろうと勝手に解釈して「ずっとだもんね、ジルくんも大変だね」と言うと、再びため息をついてわたしを見つめた。あれなんかわたしジルくんにため息をつかせる事が多いなあと呑気に思っていると、真剣な顔をしてわたしを見つめているジルくんを見て息を飲んだ。


「担当なんてとっくに終わってるよ」


  じゃあ何で、と問い掛けるもジルくんはただ笑うだけだった。「なんでだろうね」とでも言うようにただわたしを見つめるだけで顔が少しだけ熱くなった。


「浴衣だからナンバーは付けてないんだ」
「うん、制服のポケットに入ってる」
「明日それ絶対忘れんなよ」


  絶対首にかけといて、と念を押すようにわたしに強く言った。「いーことあるから」と自分の裏返ったナンバーをわたしに見せ付けた。よく意味が解らなかったが、明日もまた来るねとジルくんに言って部室に向かった。


  文化祭終了のチャイムが鳴り皺くちゃになった浴衣を綺麗にハンガーにかけた。明日も1時間で午前の分売るぞと意気込んで明日の仕込みを終えた。


「明日のシフト僕は1番最初かい?」
「うん、後わたし達と…ベル、かな」


  わたしが明日の担当を時間で区切っていると、側からマーモンが顔を出した。意識的にこうした訳ではないが、振り分けられた表を見て少しだけ恥ずかしくなった。今日の担当前にベルとナンバーが同じ事を聞いて、どうしようもなく胸がはち切れそうなのだ。期待はしてはいけないと思いながらも、その事実が嬉しく思ってしまった。『ジルのこと好きなんだろ』その言葉を思い出すともう何もわからなくなってしまうけど。


「ベルがさ、最近また君の名前ばかり出すよ」


  え?思わず変な声が出てしまい慌てて口を抑えるとマーモンは小さく笑った。


「不器用なんだよ」


その日は眠れなかった。


・・・


  朝起きて鏡を見ると隈が出来ていた。うなだれてせかせかと化粧で隈を消す。昨日と同じようにお洒落をしたつもりで、身支度を済ませた。今日は朝1番から浴衣を着て売り込みしなければならない。気合いを入れて浴衣を着るために髪をアップにした。
  部室には昨日綺麗に片付けてハンガーにかけた浴衣がある。去年から着ている紺色の浴衣は、ベルと一緒に祭に行った時にも着たものだった。友達は既に準備していてすぐにそれをお互いに着付け合う。そのお陰か、いつも以上に浴衣が可愛くみえた。制服とは違いお腹が少し苦しいし、しゃがみ込む事が難しくて教室の作業がもたもたしてしまった。団子が入ったケースをなかなか運ぶ事が出来ず苦戦していると、ベルがひょいとそれを前から軽々と持ち上げた。驚いてわたしはその姿をじっと見つめてしまいベルは呆れたように笑った。


「いつまで驚いてんだし、これどこに運べばいーの」
「あ、ありがとう!」


  怖ず怖ずと指をさすと、直ぐにそれを運び終えてしまった。まるでなんだか危機から救われたお姫様のような気分で、照れ臭くて堪らなかった。もう一度ありがとう、と小さくいうとベルはそっぽを向いて頷いた。


  マーモンとか友達の言葉でわたしはベルの事ばかりで、嬉しくなったり悲しくなったり、一喜一憂してばかりだ。失恋してその溝を埋めるかのように仲良くなったジルくんに気持ちが少し偏ってしまったのだ。実際ジルくんだって行動も読めないし、考えてる事なんて不可解な事ばかりだ。ああもうわからない、わからない事ばかり。熱い頬を隠すように両手で覆う。認めたくないけれど。


「やっぱ、お前は紺が似合うよ」


  振り返ったベルの言葉に、まるでボンッと効果音がついてしまうかのように顔が沸騰した。既にさを向けるベルは黙々と準備を始めている。社交辞令なのに、こんなにも嬉しいなんて。


・・・


  始まりのチャイムが鳴り忙しく働く。徐々にメニューの数も少なくなっていき、直ぐに午前の分も完売した。担当を二つだけ分けて正確だった。終わると友達は彼氏と回ると早々と出て行ってしまいわたしはポツンと残される。他の友達は同じ時間の担当ではなく連絡をとるのも難しくて、わたしはまさかの文化祭で独りぼっちになってしまった。少し待てば誰か来るだろうとらわたしはこそこそと午後の用意を始める。制服に着がえて遊びにも行かずに寂しく教室に残るなんて惨めすぎる、せっかくの文化祭なのにタイミングが悪すぎる。何度か友達が彼氏と教室の前を通ったが羨ましくて堪らない、くそう。団子が入ったケースを入れ替えてわたしはしゃがみ込んだ。


「…何してんだよ」
「うわ!」


  振り向くとベルが教室の装飾された窓から覗き込み、わたしを見て笑っていた。担当お疲れ様、お前もな。お互いにそう言い合うと少しだけ緊張が解けたような気がした。


「ベルは何処か回らないの」
「マーモンは女子に連れ去られたし、オレはもう疲れたから空いてる所探しに来たとこ」
「…そうなんだ」
「…どっか回ってこねーの?」


  いとも簡単に1番聞かれたくない所を突かれ、わたしはまた落ち込んだ。友達とタイミングが合わなくて今連絡待ちだとベルに伝えると、ぶっと吹き出して笑った。酷い!と思わず立ち上がってベルを睨むと「あまりにも困った顔してたから」となんとも恥ずかしい理由を言われる。携帯を見ても連絡は1つも届いていない。この騒がしい中じゃバイブにだって気づくのは難しいだろう、ため息をついて携帯をスカートのポケットに入れると、わたしは窓から他のクラスの様子を見つめた。その瞬間ぐいと力強く引っ張られわたしは教室の外へと出される、わたしを引っ張った主のベルは未だ手を握ったままぐいぐいと進んでいく。


「どうしたの!?」


  大声で問い掛けると彼もまた大声で答えた。


「腹減ったんだよ付き合え!」


  少し赤い頬を見てわたしは今起こっている事が現実だと、漸く理解した。


・・・


  アドレスを交換した女の子に呼び出された、とニヤついた顔を隠し切れず、オレの前からそそくさと消えていったマーモンを見てため息をついた。担当時間が終わって適当にぶらついているとなまえが教室でうずくまっていた。どうしたのかと思い気づいた時には、既に声をかけていた自分に驚きながらも、自然と彼女と話せている事に嬉しさを感じた。友達とタイミングが合わなかった、と他のクラスを回れない事に本気で落ち込んでいる彼女を見て、オレはまた大胆な行動を起こしていた。


「腹減ったんだよ付き合え!」


  お腹もあまり空いていないのにオレは彼女の手を取って歩き続けた。「ありがとう」彼女の声が聞こえたけれど聞こえていない振りをした。


  学食でお昼を食べると、彼女はあまり他のクラスを回っていないと寂しそうに言った。


「暇なら一緒に行こうよ」


  そう言われた瞬間オレは飛び上がりそうなほど嬉しくて、ぐっとそれを見せないよう俯いて「行ってあげてもいーよ」となんとも上から目線で言葉を発してしまった。けど彼女は気にする様子もなくオレの隣を歩いていた。オレより頭一個分くらい小さい背も、歩幅がオレより全然小さい事も、思い返してみればあの頃は当然のようだった。彼女との思い出は辛い事の方が多かったのかもしれない、でもオレは。去年の文化祭だとか一緒に出掛けた事だとか、楽しい思い出の方が残っているんだ。隣の彼女を視界に入れると楽しそうに笑っている。この顔が1番好きだったんだ。


「あれ、なまえナンバー一緒じゃん」


  オレを邪魔物だというように、二人の間に割り込んだクソ兄貴は、タイミングを計ったと思うくらいナイスタイミングでオレらの前に現れた。その言葉にはっとした瞬間はもう遅い。オレの兄貴は誰よりもずる賢くて、オレを陥れる事が大好きだと今更気思い出したのだ。そのジルが持っているナンバーは、明らかにオレの物であった。ジルの首から下げられ「295」と書かれたナンバーを見て思わず強く拳を握った。ニヤリと憎たらしい笑みをオレだけに向けてなまえのナンバーに触れる。オレはその時あいつがあんなにオレのナンバーにこだわっていたか漸く理解した。大きく高笑いするあいつの姿を思い出すとどうしようもなく苛ついて。


「あれ、え?…本当だ」


  驚いてなまえは自分のナンバーを見つめると、本当にジルとマッチしている事を確かめる。本来は自分と合うはずだったナンバーを何故兄貴が持っているかなんて原因はオレのせいだけれと。


「報告して景品貰ってこようぜ」


  彼女の手を取りジルは笑った。彼女も困惑していたが困ったように笑いジルに流されていく。ゆっくりと一歩進むと彼女もゆっくりと踏み出す、横目で彼女と目が合うと寂しそうにオレを見つめていた。


「じゃーな、ベル」


  させるか。その瞬間彼女の手を思い切り掴んだ。進む事が出来なくなったジルはゆっくりと振り返りオレを思い切り睨みつけた。


この手を離した方が負けだ。


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ナンバーマッチング