わたしは今年も文化祭委員に立候補をした。ラッキーな事に希望者は誰も居なかったから、すんなりと決まった。去年経験したけれどやはり大変な事は多い、けれど何か1つの事を全員で出来ることがとても楽しいのだ。企画をするに当たり、今回はまた違う壁にぶち当たる。案が纏まらない。文化祭が始まる夏の終わりまであと4ヶ月、2回目の話し合いだというのに全くと言っていい程全員のやりたい出し物が纏まらなかったのだ。クラス全員の前に出てみんなが出す案を黒板に写しながら、案の少なさに困ってしまっていた。


「浴衣ってよくね?」


  わたしが「他にないですか」と聞けば、両手を頭の上で組んだベルが沈黙を破った。ピタリと動きが止まった瞬間、ざわざわとクラスが騒ぎ出す。


「浴衣って可愛さ3割増しだよな」
「団子とかやって女子は浴衣着れば?」


  ざわざわとそんな会話が聞こえてきて、わたしの胸も高鳴った。


「女の子は浴衣着て、甘味屋はどう?」


  浴衣が見れればなんでもいいという男の子と同様に、女の子もまた浴衣を着たいような雰囲気だ。そうわたしが発言すればクラスの意見がまとまり、グダクダと続いていた話し合いも終わりを告げた。ようやく帰りのHRを開始してクラスメートは部活に向かったり帰宅したりを始める。ようやく決まった事に安堵しながら、今日話し合いでまとまった事を企画書に記入していた。


  それにしてもベルの一言でこんなにも綺麗に終わるとは思わなかった。企画内容としての甘味屋は他のクラスと被らなければ、そのまま通るはずだろう。あとは独自性として浴衣と外装と内装に力を入れれば、賞をとる事だって難しくないはずだ。よし頑張るぞと力を入れて記入を終えるとガヤガヤと教室の外から騒がしい声が聞こえた。


「お前の所何やるんだよ」
「お化け屋敷!企画通ったらオレお化け役」
「中々通らないらしいぜー、お化け屋敷」


  通りすぎていく笑い声に少しだけ嬉しくなった、みんなが文化祭を楽しみにしている。うん、絶対いい企画を立てて楽しい文化祭にしよう。手元の企画書は既に提出するだけだ、他の係の子には他の提出物をお願いしてもらっている。だから自分が提出する物にはしっかり責任をもたなきゃって思う。あと提出する物は、ベニヤとタル木の数、机と椅子の数…これは実際教室でやってみなければ分からないだろう。机と椅子の固定方法だって詳しく書かなきゃ、結局大変な仕事だけどやり甲斐があって楽しい。


  とりあえず企画書だけでも提出しようと散乱したペンを片付け始めた。


「あれ、なまえちゃんじゃん」


  一瞬体が飛び上がるのを感じた。咄嗟にドアへ視線を向ると大きく胸を撫で下ろす。それは教室のドアからひょっこりと顔を出したのがジルくんだったからだ。悟られない様に冷静を装ったが声が震えた。


「…どうしたの?」


  自分でも情けない声だった。ぎこちない笑顔だって事も気づいているし教室に入り込むジルくんを少し怖いと思ってる事だって気づいている、だって自分が一番よくわかっているから。


「しし、ベルかと思った?」


  ごまかせるわけがなかった。前の一件からわたしはこの人がどうも好きになれない、人が傷付いている姿を楽しんでいるような気がしてわたしもその対象なのかと思うからだ。実際ベルとジルくんは似過ぎているだろう、声も髪型も髪色も全部。それでも今だってそんなこと分かっているのにジルくんはわざわざ言葉にする。正直、泣きそうになった。この時期は思い出が多過ぎるんだ。ジルくんの視線がわたしを射抜き、逃げることなんて出来なかった。


  沈黙が続くこの空間に耐え切れず、帰り支度を始める。慌てていたのか厚紙を切っていた際にしまい忘れていたカッターで勢いよく指を切ってしまった。驚いて指を凝視する。じわじわと痛みを感じると、「痛、」と独り言を零してしまった。出血した部分に手を当て、ジルくんに見られている事に焦りを感じた。この人から逃げなければ、と警報が鳴るのに指からは血が止まらない。カラカラと床に落ちていくしまい損ねたペンと同時に、ジルくんがわたしの手に優しく触れた。わたしの手を自分の顔に持っていくと、ジルくんは微笑んだ。


「ベルのことどうしても忘れられないんだろ?」
「.…そんな、こと」
「ないとは言えねーよな、この状況とあの時の行動を思い出してみろよ」


  口元を吊り上げて笑うジルくんに悪寒を覚える。その瞬間傷口から血がぷくり、と垂れそうになる。抑えようとした時、ジルくんの舌がわたしの傷口をねっとりと舐めた。振り払うことなんて出来ずに呆然と立ちすくむ。そしてジルくんはお互いの指を絡めさせ、そのまま抱き寄せた。ざらざらとした舌の感覚が手に残る、そして心臓のリズムがいつもと違っておかしかった。柔らかく頭を撫でられれば一層ぎゅっと抱きしめられた。


「お前はもう、あいつの中にはいないよ」


  時が止まったように、何もかもが動かなかった。わたしも体を動かす事なんか出来ず、ただ静かに涙だけが零れた。その通りだと思ったから。ただジルくんの胸で泣くわたしは一層惨めに思えたけれど、心が楽になるような気がした。


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重なる影