「フランくんなまえのこと好きなんだって」


  そう言われたのは朝のHRが始まる前のことだった。もう一度言おう、友人はフランくんはわたしに気があると言ったのだ。自意識過剰とかではない、ただそう噂されていると友人に言われただけだが、いきなりそう言われても信じるなんて出来ない。ましてやその人が密かに思いを寄せる人だったら、なおさら無理な話だ。訳がわからないと言った顔で見つめれば、彼女達はわたしをより煽るのだ。告白しないのか、と。その噂の本人はというと、教室のドアから少しだけ姿が見えていた。仲良く先輩と話して時々生意気な事を言って、蹴られたりして声が聞こえる度、俯くわたしを彼女達は楽しそうに突く。耐えきれず何かが沸騰したように、体が熱くなり、もうやめて!と叫んだけれど、恋愛話が好きな彼女達は話をなかなかやめてくれない。ようやくHRの始まりの時間を示すチャイムが鳴った頃、彼女達は自分の席に着くためにわたしのも席から去っていった。


  そうして呑気に「いってー、」と頭をさすりながら彼も席に着く。いつもはそんな姿を密かにかっこいい、と自分の中で騒いでいるのに、今はそんな事も出来ないくらいわたしの胸が騒いでいる。すぐに授業は始まるわけだけど、わたしはそれどころじゃあない。


「なにそんな照れてんの」
「そそそそんなんじゃないもん」
「フランくんもあんたをねえー」
「ちょ、声大きいしそれまだホントかどうかわかんないじゃん…!」


  こそこそと後ろを向いて、再びわたしをつつく友人に真っ赤になりながら反論する。ふとその声に反応した彼と視線を合わせる。冷静に居られるわけでもなく、わたしはすぐに目を逸らした。頬にまた熱を感じている事なんて、気づいてない振り。フランくんは先輩にも友達が多いしクラスでも人気者だし、普通にかっこいいし可愛いし。そんな人がまさかわたしの事なんて、ねぇ。

  授業なんて耳を通り抜けて行くし、数学は当てられるし。今日はなんて最悪な日なんだろう。


「か、課、題…?」
「んー今日提出だね」
「嘘だ…!わたしまだ終わってないし…!」


  最後のHRに言われた数学の課題、手にはあと数枚の白紙のページ。数学はあの怖い、先生で…頭を抱えて唸れば「あと少しなんだから放課後でできちゃうっしょ」と呑気に言ってくれる友人の言葉にとてつもなく励まされた。HRが終わった瞬間、がっと集中してその課題に励む。「ばいばーい」とわたしにかけられる声の数が少なくなり、教室でただ1人黙々と課題を進める。最後の一問を解き終わると安堵のため息と一緒にぐてっと机に突っ伏した。素早く教室を出て職員室に入り、その数学の課題を先生の机に置いた。

  ふう、と肩の荷が降りて気分転換に廊下の窓の外を覗き込むと、すでに空は赤い。早く帰って寝よう、でもコンビニよって何か食べたいかもな。そんな事を思いながらももやもやしてくるのは、今日の朝の出来事を思い出すから。


ーーーフランくん、フランくん


  唇の中で二回なまえを呼べばぼっと顔に火がでる。ああ、もうわたしのばか。早歩きで教室に戻ると、無我夢中で机の上に散乱した道具を片付ける。期待しちゃダメだと思いつつも、期待した考えが頭から抜けない。唇を噛み締めてバッグの取っ手を掴んだ途端、教室の外からガタガタと妙な音と話し声が聞こえ始めた。


「ちょやめてくださいーまじで」
「しし、ばかだろお前、今がチャンスだろ」
「ミーの立場に立ってみろ堕王子」
「は?お前なにさま」
「もーいいですから帰りましょう、いや帰れ」
「カッチーン、頭きた」
「…あ、…いやあやまりますってー、すみませんってー」
「…もう遅いんだよ!」


  そんな会話が丸聞こえでわたしは1人ポカーンと、そのドアを見ていた。急にガラガラッ!とドアが開いたと思うと、フランくんとよく一緒にいるティアラの先輩の姿が見える。先輩が勢いよくフランくんを蹴って、教室の中に放ればフランくんは勢いよく二転、三転と転がる。その転がり様に思わず駆け寄る。朝のように蹴られた部分を抑えていると、確認したようにピシャン!とドアが閉まった。


「…ったー」
「…」


  さすがにとてもでも帰る雰囲気じゃなく、フランくんをじっと見つめると自然と目が合う、しかなかった。


「だ、大丈夫?」
「あの人はいつも激しいんでー、まぁ」
「そう、なんだ」


  思わずそう問いかけると、フランくんは笑って答えてくれた。その笑顔にきゅん、と胸が苦しくなったわたしは、もう次の言葉なんて出てこない。妙な沈黙が2人の間に流れて、少し視線を下に向けた。


「この際だから、言いますけどー」
「…はい?」
「噂知ってますよねー?ミーあの人に噂流されて大変困っててー」
「う、わさ…」


  噂、といえば朝に散々言われたフランくんの好きな人の話、だろうか。言われた瞬間どくんと嫌な汗と一緒に心臓の音も一瞬でリズムを上げた。デマだったとでも言いたいのかな?視線を再びフランくんの方へ向ければ、フランくんは少し居心地が悪そうに視線を横に向ける。


「あの先輩のせいで朝からイライラしましたがー」
「…なに、が」
「はっきり言いますけどー」


  真剣な眼差しが視界に入ると、わたしは動けなくなった。だって、フランくんも心なしか少し顔を赤らめた。


あれ、変な展開、え、これってもしかして。


  どくんどくんと心臓のリズムがわたしたちのカウントダウンに聞こえる。パチンと何かがはじければようやく見えて。


  ああ、見つけた、アナタからの気持ち。

09.0104
見つけた日