名前を叫ばれた時には遅かった。銃口はもう既に向けられて居て、正直此処で終わるのかとも思った。感じるであろう痛みに恐怖し目を瞑る。バン!と乾いた音がした瞬間、どうしたことか、倒れたのは自分の体じゃなくフランの姿であったのだ。目の前が真っ暗になるとはこういった事だろう。震えて動けないと思いきや、無我夢中に銃口を再び向ける敵に向かって走り出した。何秒の間か記憶がない。気付いたら目の前には敵が倒れていたから。我に帰り、慌ててフランに駆け寄った。左腕を掠ったのか生々しい傷から鮮血が止まらない、それを隠すようにフランは左腕を押さえた。その傷は紛れもなくわたしのせいだ。呆然とするわたしを横目立ち上がったフランを支えようとするが、その手は振り払われる。

  まさかこんな事になるとは思わなかった。無事に終了する筈だったのに、わたしが、油断したから。左腕を押さえながら歩く背中を見て、どうしようもなく情けなくて涙が溢れる。何度も目を擦る。嗚咽が出そうになったけれど、フランに聞かれたくなくてゆっくりとその後ろを歩く事しか出来なかった。


・・・


「だーからよえー新人同士で組ませんなって言ったわけ」
「…黙ってくれますかー」


  ベットに寝ているフランと先輩の言葉が、鋭く突き刺さって一層肩身が狭くなる。当たり前だ、全てわたしのせいなのだから。悔やんでもフランの傷は治らないし、晴の属性を持たないわたしは治療も出来ないのだ。結局彼はわたしが呼んだ医療班に急いで運ばれて行った。今は彼が負った傷をルッス姉さんが治療している。フランが珍しく傷を負ってきたものだからみんな驚いていたが、子供のように泣きじゃくるわたしを見て何か察したようだった。ルッス姉さんはわたしの背中をさすってくれて、もっと涙が止まらなくなった。途切れ途切れになりながらも怪我をした理由を話すと、驚いたように全員がフラン見つめる。まさかわたしを庇って怪我を負うなんて思いもしなかったのだろう。ふい、と顔を背けるとベル先輩なんかお腹をかかえて笑うものだから、ベル先輩の事がすこし嫌いになった。


「はい、終わったわよ」
「ありがとうございますー」
「じゃあなクソガエル」
「…ていうかセンパイは早く帰ってくださいー」
「言われなくてもな!」


  捨て台詞ならぬ捨てナイフを放り投げ、思わず悲鳴をあげた。大きな音を立ててドアが閉まりベル先輩とルッス姉さんが出て行くと、沈黙に包まれる。何を話したらいいか分からなくて、視線を向けるとフランは窓の外を見つめて目を細める。綺麗だなあなんて、不謹慎にも思ってしまうけれど、左腕の包帯を見て胸が焼かれるように痛んだ。それがまた思いを寄せている相手であるから、余計に罪悪感に押しつぶされる。幻滅されたくなかった。


「…フラン」
「…はいー」
「ほんと、ごめん」


  頭の中で何度も浮かんでいた言葉を漸く口にする。謝る事しか出来なくてそのまま俯いた。ごめんなさい、ごめんなさい。何度もそう伝えると、フランはその雰囲気の中でぷっと笑いを吹き出した。何故か笑われた事に理解できずあんぐりと口を開けると、フランは手招きして側に来るように指示した。


「フラン、…どうしたの」
「そんな顔して、謝んないでくださいよー」
「…だって!わたしなんか庇うから、!」
「いや、あのカッコ悪いなーって」
「かっこ悪くなんてない、」
「でもセンパイにも笑われたしー」


  顔を赤くするフランは、ふて腐れたように口を尖らせる。

「カッコ悪く助けてすみませんー」

  真剣な顔を向けられると、フランを直視出来なくなった。そんな事ない、助けてくれてありがとう。フランが助けてくれなかったらきっとあそこでわたしの人生は終わっていた。頭では伝えたい事が沢山浮かぶのに声が出ない。唇を噛みしめて俯くと、顔を上げてとでも言うように、フランはわたしの頬へと手を伸ばした。


「ケガ、してませんよね?」
「う、ん…っ」
「もう少しカッコよく、助ければ良かったですねー」


  我慢していた涙が伝って思わずフランに抱きついた。「も…どーしたんですかー、」とだるそうに言うけれど、言葉とは反対にフランは優しくわたしの髪を撫でる。


「無事でよかった」


  フランは卑怯だ。そんな優しく言われると、もっともっと好きになるじゃん。思わずフランの隊服を握り締める。わたしは抱擁の余韻に浸りながら、湧き上がる熱に酔いしれた。

08,1224
湧き上がる熱