恋なんてわからない、ただめんどくさいだけだ、とわたしの前で怠そうに言うベルの姿は何度も見てきた。その度にわたしは恋の良さを目一杯伝えるが椅子を後ろに傾け「へぇ」となんともやる気のない返事をする。その姿を見てわたしは、ベルを後ろに勢いよく押し、ガタンッと焦るベルの姿に笑っていた。


「…ってなまえは好きな奴いんのかよ」
「…わたし?うーんとね」
「ハァ?考えんの?」
「違うよ、どう答えようかなって。ちなみにわたしはベルと違ってちゃんと恋してますー」


  バカにしたようにべっと舌を出せば、王子はムッとしたのかわたしのノートを丸めて頭を叩いた。「いだっ!」と可愛くもない声を出すとすかさず「可愛くない声だすな」と嫌みを言い何時ものようにベルは笑った。

  ベルの周りには女の子が集まるものの、来る者拒まず、去る者追わずそんな付き合いを繰り返していた。いつもめんどくせー、と言ってもなんだかんだ楽しそうにしているのをよく見かける。気が付けば好きだった、叶わないと分かっていても押さえきれなかった、大勢の中の1人でもいいと思ってしまった。だから、ベルが断らない事を知ってあの日ついに言ってしまった。


「ベル?」
「あー、なまえかよ」
「残念でした」


  ベルは珍しく課題を終わらせて居なかったようで、放課後教室に残って居た。頭を掻きながら机に向かう姿も、胸が熱くて溶けてしまいそうだった。憎まれ口を叩くけれど、本当はそんな事ちっとも思っていない。今だって、教室に戻って良かったと思ってしまう。ベルの姿を視界に入れながら、ゆっくりと自分の席に戻り必要な教科書を取り出した。話しかけようか、否か。今がチャンスだと囁く悪魔の声も聞こえる。『来る者拒まず』誰かの声が響く。わたしも告白したら、ベルの彼女になれるだろうか。ベルのペースに合わせるように自然と教科書を準備するスピードも、遅くなる。ベルがペンを置いて、思いっきり伸びをした時、わたしはそれが合図だったように、声を絞り出した。


「好き」


  伸びをしていたベルが、ゆっくりと体をわたしに向ける。机に足をぶつけたのか、机の上に乱暴に置いたペンも床に落ちた。わたしはあくまでも冷静だったのだ。二つ返事でいつもは返事をするのに、中々答えてくれない。返事を待つ時間はきっと短い間だったけれど、とてつもなく長い時間に感じた。ベルが俯いて立ち上がる。情け無いけどわたしは手も足が震えてる。その時分かってしまった。ベルは他の女の子達のように答えてくれない、と。


「…やっぱりオレそういうのわかんねーんだよ」


  静かな教室に響いたのは、独り言のように小さく答えたベルの声だった。小さな声だけど、耳に焼き付いて離れなかった。縋りつけばベルの肩書きの彼女にはなれたはずだ『それでもいい』そう言おうとしたはずの答えは形を変える。ただわたしは首を振るだけだった。俯いたわたしを見てベルは苦笑いを浮かべて「ごめんな」と歯を少しだけ見せて笑った。来る者拒まずなベルに、フラれた、わたしはベルの中で女の子として見られてなかったのか。わたしも、思い切って笑顔を作ろうとしても、うまく口角が上がらない。涙を流すまいと瞬きをする。ベルが、困った顔をしていると分かっているのに。わたしは、笑えなかった。

  耐えきれなかったわたしはその場から走り去る。あの日、わたしの恋が終わった瞬間だった。


・・・


  嫌でも追ってしまう姿と一緒に隣には毎度違う可愛らしい女の子がいた。今日の放課後の教室の窓から見えるのも、腕を組みながら階段を上がるベルの姿だった。その姿を見てナイフに切り裂かれたような胸の痛みを感じたけれど、前々から受ける事も既に慣れていた。どういう事かその女の子を羨ましいと思うようになった。前は何でも言い合えたはずの関係が空白に戻る。それどころかあの日以来まともに話した記憶がなく、話したいと思いつつもベルの顔がいたまともに見れない。

  最後に「ありがとな」と微笑んだベルを見て、これから先もずっとベルは変わらないんだと思った。こんな風になるんだったらこの関係で良かった、告白なんてしなきゃ良かった、ベルを好きになんてなりたくなかった。


「…なんて顔してやがる」


  放課後支度を済ませ机に肘をついてぼーっとしていれば、上から不機嫌な声が聞こえる。そして紙のような物で頭を何かで叩かれ、その感触に勢いよく振り向いた。


「なんだ、スク先輩か」
「…ベルじゃなくて悪かったなぁ」


  そんなわたしを見て先輩はあからさまにため息をついた。先輩はさっきからわたしの頭を何回も何回も手元のプリントで叩いてくる。元々馬鹿なんだからこれ以上馬鹿になったらどうするんだ。恐らくだけど、ザンザス会長からのプリントだろう。当たって欲しくないけれど、そうに違いない。


「…ボスからだぁ」
「うええ、またですか…?」
「しょうがないだろぉ、お前がこの前赤点とったからだぁ」
「ええ…少しは大目に見てよ…」
「…」


  机に置かれた書類というより、問題のプリントを強く掴むと再び先輩がため息をついた。そう元気がないように振る舞うつもりではなかったのに、窓から見えたあの光景が頭から離れなくて顔がひきつってしまう。唯一この事情を知る先輩は、わたしに遂に呆れてしまったのだろうか。やっぱり酷い態度だったかもしれない。謝ろう、と顔を上げた瞬間急にわたしの腕を掴む。ついでに机の上に置いてあったわたしのバッグまでも手に取り、廊下へと連れ出した。


「先輩、…?」
「奢る、出かけるぞぉ」
「え!?あ、」
「聞いてやる、ちょっと待ってろぉ!」


  キン、と先輩の声が耳に響いて、思わず耳を塞いでしまう。あそこで待ってろ、と指をさして駆け足で教室へ向かう先輩を見て口元が緩んだ。結局バッグを持って現れた先輩は、隣には並ばず少し照れくさいのか早歩きで行ってしまう。わたしはそんな先輩が可愛くて、その後を小走りで追いかけた。ファーストフード店に入って結局終始ベルの話題ばかりだったが、先輩は黙って聞いて肯定してくれた。結局話をするだけでなくその場で課題までも手伝ってもらい、先輩と別れた。気分はもう前の様に曖昧な思いでなく、すっきりとしていた。


・・・


  翌日の放課後、ザンザス会長に無事に課題を渡すと「もう赤点はとるな」と念を押された。だって苦手なんだもん、と心の中で愚痴を言いながら廊下を歩けば、ふと屋上への階段を見つめる。いつもカップル達が屋上へ上がってお昼時は一緒にお弁当を食べたりしている。そして放課後はよくベルと女の子がこの階段を上がっていく姿をよく見るのだ。今この階段を上がきっとベルは女の子と一緒にいるだろう。…まだ傷は癒えない。あの時縋ればわたしは同じように隣に居ることが出来たのだろうか。


  終わったことを悔やむのはもうよそう。首を振ってそのまま教室へ戻る。しかし、ドアの窓から見えた人影に思わず隠れてしまう。そして何事もなかったように一度教室を通り過ぎる。何で、まだ残っているんだろう。一瞬だったが窓に肘をつき、外をじっと眺めるベルの姿が教室のドアの窓から見えたのだ。一瞬だったが見えたのはベルの確かに後ろ姿だった。心臓が波打ち、体に染み入るような緊張が襲う。ドアに何度も手をかけるけれど、力が入らない。二人きりでなんて会いたくないけれど、教室に入らなければ帰れない。息を吐いて、わたしは意を決してドアに手を掛けた。


「…、」
「…おう」
「…あ、ベル…まだ帰ってなかったんだね」
「ちょっと用事あってさ、待ってたワケ」
「…そっか」


  適当な相槌を打ちながら、急いで自分の席にかかっているバッグを持つと、ベルは体をわたしの方に向けた。気づかないふりをして教室を出ようとするが、不意に話しかけられる。


「なぁ」


  そう呼ばれると気付いてしまった。あの時の事だけはどうか触れないでほしい、これ以上傷を広げないで…!次にベルが口を開こうした瞬間わたしはそれを阻むように名前を呼んだ。


「ベルっ…!」
「…ん?」


  顔を上げたベルの外に跳ねた髪が揺れる。椅子に乗馬のように座り、今度は背もたれ部分に肘をつく。自然と上目遣いになったベルを見て、思わずまた逃げ出したい気分になった。


「い、やあのね…」
「…ん」


  ベルは頬杖をついて首を傾げる。頭の中が真っ白で、なかなか言葉が出てこない。思わず癖で前髪を整えると、少しだけ落ち着いた気がした。けれど、わたしが伝えようとしているのはとても狡い言葉。またフラれるのも辛い、友達として話せなくなるのも辛い、だったら。


「あ、の時わたしベルに告白したでしょ、?」
「…ああ、うん」
「…それ、やっぱりなかった事にしてほしい、の」


  全て無かった事には出来ないだろうか。気づけば思った事を早口で告げていた。あの時の告白恐ろしく後悔していたのは事実である。友達としても話せなくなったベルに、どう接していいか分からなかった。今更無かった事にしても、同じ事だろうと思うけれど。窓からの風がカーテンを揺らした瞬間、思い立ったようにベルに無理やり笑う。


「じゃあ、帰るね」


  何も言わないベルをいい事に、無理矢理手を振った。


「…ちょ、待てよ!」


  わたしが手を振ったと同時にベルの制止の声が聞こえる。それに反応して振り返れば、珍しく焦ったような顔をしていた。恐らく何故止めたのか自分でもわからないと言ったような顔で、「え、と」と何度も言葉をこぼす。


「な、なに?」
「いや、なんかさ」
「う、うん」
「…なんか、わかんねーけどお前昨日先輩と一緒に居ただろ?」
「…うん、居た」
「…な、んかこう、嫌だったつーか」


  片手で顔を隠してまた「…だからその、」と下を向き、ベルはそのまま俯いた。こんな顔をされたら期待してしまう。


  次に形にする言葉を信じてもいいのだろうか。机にバッグを置けばその音に反応して視線を合わせた。椅子から立ち上がったベルは、わたしに一歩近づく。心地よいような、苦しいような胸の震えを感じながら、わたしはベルの声に酔いしれるのだ。


「オレの事、まだ好き?」


  だいきらい。真っ赤な顔でそんな事を言っても簡単にばれてしまうけど。


「ばーか、」


  そう笑ってわたしの額を突いた。

09.0403
だいきらいさ