君から貰った愛を、何倍にもして返したい。時間を重ねるだけ重なっていくそれを、君からどれだけ貰ったのだろう。厄介な事に何時まで経っても消えてくれない。積もり積もっていくから如何にかして返していこうとするけれど、繰り返し失敗しておればかりが君から好きを貰う。何でおれと一緒にいるのだろう、何も返す事が出来ないのにどうしておれの側に居てくれるのだろうか。その問いかけは口に出せないままずっと心の中に溜まっていった。


・・・


  ゴロゴロと寝そべりながら猫と遊んでいても、頭の中で昨日の失敗がぐるぐると巡る。意味もなくあー、と声を出してみたり、頭を掻いてみたりして考えをを逸そうとするけれど、全く意味をなさなかった。


  そう、昨日はなまえの誕生日を祝う予定だった。柄にもなくトッティに服装の事を聞いたり、予定を相談したりして、準備も万端だった。
  けれど昨日のデートのプランといったら、きっと最悪だった。行くはずだったお店は店休日で、せっかく立てたプランも立て直しになり、さらに追い討ちをかけるようなどりしゃぶりの雨。この日のために猫カフェのバイトも頑張ったというのに、おれの詰めの甘さなのか肝心な所での凡ミスと運の悪さ。急遽プランを変更するといったって所詮は童貞なのだから、考えるだけでも時間を要したというのに、急な変更に対応など出来ない。久しぶりにジャージ以外の服を着て挑んだというのに、とんだ災難だった。店休日と書かれた看板の前で、ずぶ濡れになるおれ達は側からみたらきっと笑い者だっただろう。屋根のある所に移動した時、あり得ない程項垂れるおれを見てもなまえは楽そうに笑うのだった。


『わたし一松と行きたかったお店があるんだ』


  そうか何処の店がいいとかは、女の子の方が詳しいんだなあ、と冷静に考えていた。彼女は小さめのバッグから折りたたみの傘を取り出す。慣れたように傘をさす彼女を間抜け面で見ていたおれの手を、彼女はゆっくりと引く。結局彼女に助けられたデートで、せっかくの誕生日なのに、おれはこんな日も上手くエスコートもできなかった。


『今日は、本当にごめん、』
『何が?』


  帰り道に思わず発した謝罪に、なまえは意味が分からないと言った顔をする。次はあそこへ行きたい、あれを食べたい、と楽しそうに話すなまえを見てほっとするどころか、何処か彼女を遠くに感じてしまう、傍観者のような自分も居て、ただただなまえとの距離を感じていた。彼女の誕生日もろくに祝えない男が彼氏でいて良いの?そんな問いかけを自分自身に問い続けていた。なまえには言えないくせに、言ったところで否定してくれる事を望んでいる。帰り際手を振るなまえを思い出して、胸が苦しくなる。彼女は楽しかっただろうか、背伸びしてどこかへ連れて行くなんてレベルの高い事、しなければ良かった。ぼーっとしていると考え事も捗るのだろう。何も考えずに伸びをして外に出ようとすれば、丁度襖を開けた十四松と鉢合わせた。


「一松兄さんどこいくの?」
「餌あげに行ってくる」
「え、でもなまえちゃん来てるっスよ!」
「え」


  擦れ違いざまなまえが来ている事を告げられた時、なんとも間抜けな声が出てしまい、十四松は口を開けながら首を傾げた。「あ、ありがとう」すぐにそう言うけれど、なまえは何を言いに来たのだろう、と嫌な結末ばかりが頭に浮かぶ。二階からゆっくりと階段を降りると玄関口になまえが待っていて、おれに気付くと小さく手を振った。まるで足に錘が付いているように一歩一歩が重い。玄関まで辿り着くのに時間がかかったようにも思えるし、なにより両手の手汗が止まらない。だらたらと冷や汗か止まらないおれを見て、なまえは心配そうに視線を向けた。


「なまえ…」
「連絡取れなかったから心配したんだけど、具合悪かった?」
「…平気。ごめん今日は忙しくて携帯見れなかった」
「ごめんね、急に。今日スーパーで猫缶とおもちゃが安くてさ、一緒に猫ちゃんに会いに行きたいなって」


  なまえが片手に持つのはスーパーのビニール袋で、中には普段おれが買わない猫缶と猫じゃらしではない高そうなおもちゃが入っていた。う、とたじろぐ事数秒、おれはなまえからビニール袋を奪い取り、玄関のドアを開けた。サンダルに足を入れると、なまえも嬉しそうにおれの後を着いてくる。隣を歩くなまえを何故か見れなくて、チラチラと視線だけを彼女に移す。側から見たらきっとストーカーのような行動に、ため息を吐くと、より猫背になったような気がした。


「…一松?」
「ん。なに?」
「やっぱり具合良くないよね…?」
「…いや」
「無理しない方がいいよ、また今度にしよう」


  足を止めるとなまえも同じように足を止めた。サンダルの独特な地面を蹴る音が聞こえなくなると、なまえの声がハッキリと耳に伝わる。なまえはおれを説得するように、空いているおれの手を包みなまえは首を傾げた。「なまえは!」口からはビックリするくらい大きな声が出ていて、なまえも大きな瞳をさらに大きく見開いていた。あ、と口を開けて呆然としようにも言ってしまった事はもう戻らない。


「せっかくの誕生日だったのに、あんな1日で良かったの」
「昨日のお店のこと?調べてくれたお店はまた今度行けばいいじゃん」
「違くて!だから…おれ、もっと頑張ろうと思ってるんだけど、全然どうしたらいいか、分からなくて」
「…何のこと?」
「何でおれと付き合ってるの?昨日だってうまくエスコートも出来ないし、幻滅させたと思うのに、なんでまだおれといるの?」


  おれ、何言ってるか分からない。なまえになんて言って欲しいのかも分からない、こんなのただのエゴだ。こんな矛盾している事を言ってどうして欲しい。これで本当に幻滅されたな、頭の中で誰かが囁いた時、どうしようもなく逃げ出したくなる。なまえに包まれた手をゆっくりと解くと「…絶対おれなんかより、良い人いるよ」と思ってもみない事をすらすらと言ってのける。


  本当は『そんな事ないよ』って言って欲しい。今まで心の中で溜めていた言葉が溢れて仕方がない。楽しい事もなかなかしてやれないし、いつもデートは猫にエサをやりに行くだけだったり。おれはそれでもなまえと一緒だから満足だけれど、女の子は色んな所へ行きたいって聞いた。なまえの誕生日くらいは何処かへ連れて行ってあげたい、そう思ったけれど思い出したくないくらい最悪なデートになった。雨で寒い思いをさせたし、おれがもっとお店について調べていれば時間を使うことも無かったのに、おれは誕生日なのに何もしてあげられなかった。嫌いになる要素はたくさん探せるからこそ、もっともっと卑屈になる。嫌われる、嫌われたくない、自分が訳が分からない。じり、と後ろに足を進めると俯いていたなまえが顔を上げ、「一松!」とおれの名前を呼んだ。思わぬ声にびくっと驚き、帰ろうと後ろに一歩退いた足もカチコチに固まった。


「それ以上言ったら怒るよ」
「ご、ごめん…」
「大体、普段猫以外と遊ばないのに、わたしとは出掛けてくれてるし、」
「え、あ、それは、で、デートだし」
「オシャレしてきてくれるし、」
「…トッティが、そうしろって、言うから」
「一松がわたしだけにしてくれること、沢山あるの知ってる」


  恥ずかしさか、嬉しさからか言葉が出て来ない。何と伝えればいいか分からず、口をパクパクとするだけできっとカッコ悪い。なまえはおれの事分かってくれてたんだ、そう思うと心が暖かくなる。何も言えないおれを見ても、なまえは何も言わずに笑っていて、何故かそれも心地よかった。


  なまえはキョロキョロと周りを確認したと思ったら、顔を少しだけ赤らめる。誰も居ない事を確認したのか、おれの身体に少しだけ腕を回した。


「わたしを特別にしてくれて、ありがとう」


  思わず人目を気にせずなまえを掻き抱いた。ああ、どうして君はおれが望む以上の言葉を言ってくれるんだろう。


  そんなの、おれのセリフなのに。


2016.0810
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▼ DEAR ゆずちゃん
happybirthday!愛を込めて
title にやり
僕が君を愛さなくなることは決してないでしょう