※カラトト設定有り



  昔からわたしをからかっていたおそ松と特別仲良くなったのは、わたし達が高校の頃だった。昔から近所に住む六つ子達は親友であるトト子の事が大好きで、それは成長してからも変わらなかった。その好意はアイドルのような憧れ、が例えると分かりやすいだろうか。トト子は昔から本当に可愛くて、わたしなんかが友達でいいのかと思ってしまう。やんちゃな六つ子がトト子とわたしを比べてからかっていたけれど、自然と受け止められていた。リーダーであったおそ松には特にからかわれていて、偶に泣いてしまう時があった。そんな時はトト子がいつも守ってくれていたし、カラ松だけは「なまえちゃんだってトト子ちゃんと同じくらい可愛いよ」とわたしに笑いかけてくれた。そんなわたしがカラ松に恋をするまで時間はかからなかった。カラ松を目で追う中で、他の兄弟がキラキラとトト子に注がれる視線とは違う、熱い視線に気付いたのはいつだっただろうか。わたしをいつもからかう1番上の兄はトト子に憧れではなく本気の恋をしていた。


「おそ松って、トト子のこと好きだよね」
「…なまえだって、カラ松のこと好きだろ?」


  高校に上がっておそ松と同じクラスになった時、まるでおそ松に伝えなければいけない義務があるような気がした。きっと昔からお互い気付いていながらも、今までずっと口には出した事のなかった問いかけだった。お互いが相手の身近な人物に恋をした事を認めてしまえば、わたし達は仲良くならないはずがなかった。かつてあんなにからかわれて泣かされた相手だけれど、仲良く話せるようになったのは時間が経ったおかげだろうか。
  それから嬉しい事があれば報告した。それをおそ松は軽くあしらいながらも喜んでくれた。わたしも同じような報告を受けた時は、まるで自分のことのように喜んだ覚えがある。あの時のわたし達は、この恋が実ることを信じていた。お互いを本気で応援しつつも、先に告白が成功する事を張り合うように競争していた。


「聞いておそ松!わたし今度カラ松とデートする事になった!」
「はあ?お前だけじゃねーよ!俺も今度トト子ちゃんとデートする約束したから」
「嘘!わたしの方が絶対早いと思ってたのに!」
「舐めんな!俺だってなまえより早いと思ってたんだけどなー」


  ある日の帰り道、わたしはようやくカラ松と出掛ける約束をした。きっとおそ松は驚くだろうと思っていたのに、まさか同じ報告をされるとは思ってもみなかった。悔しい、と思う気持ちと喜ばしい気持ちが混ざり合いながらもわたしは一つの決心をしていた。帰り道、隣を歩くおそ松も真剣な目をして、前を見据えている。きっと今から言うことも同じなんだろう。


「俺さ、今度出掛ける時告白しようと思う」
「あはは!やっぱり。奇遇だね、わたしもそう思ってた」


  絶対にお互い良い結果を報告し合おう、言葉にはしていないけれど、隣で照れたように笑うおそ松を見て背中を押してくれているような気がしたんだ。だから絶対言える、今までおそ松が相談にのってくれていた分頑張らなければいけない。おそ松も一緒だ、きっと大丈夫。昔あんなに苦手だったおそ松にここまで勇気付けられるなんて、思ってもみなかった。
  デートまであと数日、頭の中で何度もシュミレーションをした。何て伝えようか、やっぱり最後におそ松に相談してからにしよう。告白をすると伝えた次の日にワクワクとした気持ちで登校すると、おそ松が教室の扉の前で呆然と立ち尽くしていた。教室は何故かいつも以上に騒がしくて、不思議に思いながらもおそ松に声をかける。


「おそ松おはよ、入らないの?」
「なまえ、いや、あのさ、…今日さぼらね?」
「は?何言ってんの?」
「いいじゃん〜1日ぐらい減るもんじゃないだろ?」
「馬鹿なの?今日英語だってテストあるじゃん。てかそういう誘いはトト子にして」


  馬鹿は直らないんだな、と内心呆れつつも呆然と立ち尽くすおそ松に何か嫌な予感がした。何かを隠すように笑ったり、キョロキョロと周りを見渡す。どうしたの何かあったの?とおそ松に声をかけようとした瞬間だった。「あ!来た来た松野長男〜!なまえ〜!ちょっと聞いてよ!」教室にいる同じクラスの友人がわたし達を手招きすると、何も知らないわたしはその手に付いて行こうとする。「待てなまえ!」そんなわたしの手をおそ松は勢いよく掴み、焦ったような表情をした。それでも友人の言葉は続き、騒ついた教室の本当の理由を理解した。


「松野次男と弱井さん、付き合い始めたらしいよ!」


  教室の中心には照れたように笑うカラ松とトト子。いつから?そんなの、全然知らなかった。喜ばしい事だ、昔から仲の良い幼馴染同士が付き合い始めたんだ。でもわたし達の気持ちはどうなるの?そうだ、おそ松、おそ松は大丈夫?この時のわたしは酷く動揺していたと思う。おそ松と同じように教室に踏み出すことが出来ないでいた。まさに目の前が真っ暗になった気分だった。わたしの視界にはカラ松とトト子が照れたようように笑う光景が見えているはずなのに、頭では理解が出来ていなかった。誰かがわたしを呼ぶ声がするように感じるのに、それすらも雑音に聞こえてはっきりと聞こえない。こんなんじゃ、教室に入ってもどう応えたらいいか分からない、笑えない。信じたくない、誰か助けて。耳を塞ごうとした瞬間、わたしの手のひらを温かい手が包んだ。


「なまえ」


  おそ松に名前を呼ばれた瞬間、あれだけ雑音に聞こえていた声が、はっきりと聞こえた。その時漸く状況を理解して、じわりじわりと視界が歪んでいく。包まれた手を握り返すと、おそ松もそれに応えてくれた。涙が溢れそうで思わず下を向くと「カラ松、なまえが具合悪いみたいだから送っていくわ」先生に伝えといて、と輪の中心の人物に捨て台詞を吐きわたしの手を引いた。もうすぐHR始まりチャイムが鳴る。時間ギリギリに駆け込む生徒が廊下を走る中、わたし達は校門へ逆走する。先生がなにか言いたげにわたし達を見るけれど、言われる隙も与えず走り抜けた。


  校門から出てもわたし達は手を離さず、全速力で走る。ただただ学校から近いわたしの家まで走った。部屋の扉がバタン、と強く閉まった音で我に帰り、ようやくわたし達は手を離した。自然とその場に座り込み、ベッドを背にして膝を抱える。おそ松もきっと同じ思いだろう。切なくて悔しくて、おそ松の気持ちを痛い程知っていたからこそその分まで胸が苦しい。この場所にはおそ松しかいない事が分かると、耐えていた涙が洪水のように溢れ出す。嗚咽も止まらなくなると、分かってる、とでも言うようにおそ松がわたしの手を握る。方膝を立てて顔を伏せるおそ松からも鼻をすする音がして、一層苦しくなった。握られた手を握り返すと、お互い顔を上げて視線を合わせた。ああ、おそ松も涙でぐちゃぐちゃだ。おそ松のそんな顔なんて見たくない。いつもやんちゃしてて、ヘラヘラと笑っていてほしい。顔をあげたわたしはおそ松に手を伸ばし、おそ松に抱き付いた。


「なまえ、」
「何、おそ松」
「苦しくて、死にそう」
「うん、わたしも」
「…俺もぎゅってしていい?」
「…うん、いいよ」


  わたしの体に手が回されると、わたし達はお互いに縋り付いて泣き続けた。鼻水も止まらなくて鼻を啜ると「ブサイク」と懐かしい言葉を聞いた。おそ松は昔からわたしを弄るのが得意だね。その言葉を聞いてムッとするけれど響きが懐かしくて思わず笑ってしまった。「うるさい」そう言おうとした時、おそ松はわたしにキスをした。それから、何度も何度もキスを繰り返した。わたしも何故かそれを拒まなかった。スカートを捲られても、制服のボタンを外されても、それすら拒む事が出来なかった。


「いい?」
「…いいよ」


  それが何の合図だったかは分からない。けれど夢中でわたし達はキスをして、ベッドの上に転がった。その日わたし達は『そういう関係』になった。悲しい気持ちを埋め合わせる、その場限りの関係。失恋の気持ちより、得体の知らない苦しい気持ちが生まれ、わたしの心を圧迫する。


「…おそ、まつ」


  わたしの上に覆い被さるおそ松は、わたしより酷い顔をしていた。そんな顔をしないで、と手を伸ばすけれどそれは叶わず両手を押さえつけられる。余裕なくわたしの名前を呼ぶおそ松に、わたしは愛おしさを募らせ、初めておそ松に想われる彼女を羨ましく思った。


2016.0620
掠れた声でなぞる