ずっと好きだった女の子に彼氏が出来た。幸せそうに笑う彼女を見て、可愛いなと思う気持ちと沸々と湧き上がる黒い何かを感じながら慌ててその場を離れた。その彼氏は、生まれてから生活を共にしているおれの兄弟だった。あの子ってあんな顔で笑うんだ、可愛かったなあ。いつもの公園のベンチに座りながら、空を見上げる。空が暗くなっても、家には帰りたくなかった。家にいるアイツから、惚気話なんて聞きたくもなかったから。お腹が空いても、お腹が鳴っても、帰る気にはならなかった。


「一松兄さん!見つけたっす!」


  馬鹿みたいな明るい声にびくっと体を反応させると、十四松はおれの様子に気付いたのか口を開けたまま何も言わずにおれの隣に座った。隣に座ったまま、何も言わなかった。十四松も座ったまま空を見上げて、足をぶらぶらと揺らすだけだった。それがまた心地良くて、おれも同じようにぶらぶらと足を揺らし、空を見上げる。どれくらい時間がたっただろうか、隣の十四松に視線を向けた瞬間、十四松の酷くお腹が鳴り、ふっと思わず笑ってしまった。そんなおれをみた十四松はようやく笑った。


「一松兄さん!そろそろ帰りマッスル!」
「…うん、帰ろう」


  前のぶらぶらと揺れる黄色い袖を見ながら、沸々と湧き上がる黒い気持ちが少しだけ無くなったような気がした。
  二人で家に帰ると、もうすでに夕御飯の時間で空いている席にはおれ達二人分のご飯だけが盛られていた。おれを見たトド松は、悲しそうな顔をして視線を反らす。その反応を見て、ズキンの心臓が傷んだ。なまえの、あの幸せそうな顔を思い出して背中を丸める。「一松兄さん!」靴を脱いだ十四松が前で笑い、おれを手招きする。サンダルを脱いで家の奥に進むと、1番見たくなかった兄弟の顔を見て、思わず顔を歪めてしまった。


「い、一松…」


  自慢の太眉が自信がなさそうに垂れている。お前もなまえのこと好きだったんだ。でもお前よりおれの方が前からなまえのこと好きだったのに。頭の中で流れる言葉は、決して声にはならない。クソ松が何か言っているのはわかっていたけれど、声が耳からすり抜けたように頭で理解は出来なかった。今日の御飯は唐揚げだ。クソ松を軽く殴りつけて、クソ松の皿にあった唐揚げを勢いよく平らげる。驚いて頬に手を当てるカラ松を睨み付けると半泣きでおれを呼ぶカラ松を見て、おそ松兄さんは爆笑している。まだまだ全然怒りは収まらないけど、いつか彼女の前でも笑えるようになるといい。まあ、無理だろうけどね。唐揚げを頬張りながら、何故かみんなは微笑ましそうにおれを見ていて、余計にイライラした。


1.5話
2016.0616