白い肌にぼたぼたと涙が伝う。それが綺麗で、美しくて、何よりその涙は俺のために流されているという事が嬉しくてたまらない。


  パソコンと睨み合うこと数時間、今日の勤務も終わり続々と同僚達は帰宅していく。ゆっくりと伸びをすると、チョロ松に肩を叩かれる。なんと飲み会のお誘いで、二つ返事でオッケーする。仕事終わりのビールは最高だし、可愛い女の子も来るし、一石二鳥だ。チョロ松に急かされ残業も程々に、閉めの作業を始めると昨日のなまえの顔をふと思い出す。『行かないで』泣かないように堪えている姿は今思い出してもゾクゾクと快感を覚える。いつから、俺はこんな風になっちゃったのかな。なまえの笑った顔より泣いた顔の方が好きなったのは、いつからだ。


「…おそ松兄さん本当に行くの?」
「誘ったのはチョロ松だろー?俺は飲み会は基本断らねーし」
「昨日も飲み会じゃないの?なまえちゃん、こんな事ばっかしててほんと怒らないの?」
「昨日は接待だっつの。飲み会じゃねーよ」


  なまえの名前を出されてぴく、と体が跳ねるが、それは何に対してなのかは全然分からなかった。真顔で首をかしげると、チョロ松は頭を抱える。なまえはいつも許してくれるよ?だって俺の事ちょー好きだもん。そんなような顔をしていたんだと思う。


「あーもう本当に知らないからね」


  そんな事を言いながらも俺を誘うのは、盛り上げ役か、もしくは人数合わせか。飲み会へ向かうチョロ松は、同じ部署の年下の女の子に恋をしているらしい。


  ガチガチに緊張したチョロ松を、その例の女の子の隣に座らせて、俺は念願のビールを口にしていた。今日の飲み会は接待ではなく、年の近い男女が集まった少人数のものだけれども、俺の隣にはしっかり女の子がくっついていた。酔っ払ってしまっているのか、はたまたフリをしているのか。女の子は怖いから、どっちだか分からないんだよね。優しく頭を撫ぜて、大丈夫?と声をかければ女の子はふにゃ、と顔を緩ませる。ぎゅっと抱き付いて来たかと思うと、意外としっかりした声が聞こえた。


「松野さん」
「んー?」
「抜けませんか?」

  あービンゴ。これは後者の、フリってやつだ。怖いよねえ、でも悪い気は全然しない。覚束ない足取りでバッグを持って外に出るから、同じ様に淡々と準備をする。その場を立ち女の子を送っていく、と周りに伝えた。楽しそうに笑った同僚達だが俺はあたかも何もないように「彼女が待ってるんで、あの子送ったら帰るよ」なんて答えてみる。バカにするように笑う同僚は呆れているのか、持ち帰るなよーと言って煙草に火をつけた。送り狼にはなりたくないけど、女の子が誘ってくるなら考えちゃうなあ。
  居酒屋から出ると冷たい風が気持ちよくて、もう一杯イケそうな気分だった。先に居酒屋を出た女の子とはいうと、酔っ払っていたのが嘘だったように普通に歩いている。その後をついて行くと、ゆっくりと振り返る。


「休憩していきませんか?」


『行かないで』


  もう一度、なまえの声が頭の中で響く。震える声はなんて綺麗なんだろう。もっと泣いて俺を愛して、傷付いて涙を流して欲しい。俺を死ぬほど愛しちゃってるなまえは何があっても俺から離れることは出来ないだろうな。


「ごめんな、なまえ」


  今日も遅くなるなあ。


・・・


  携帯の電源を入れては消してを繰り返し、気にするのは止めようと画面を伏せてしまっても視線を携帯へ戻してしまう。気にならない訳がない。これじゃあおそ松の思う壺だというのに。わたしが仕事から帰ってきてもおそ松からの連絡はなかった。昨日行かないで、と縋り付いたにも関わらず何故か「やっぱりか」という思いの方が強かった。先に御飯を済ませてしまおうか、今日は遅くなってしまったから冷凍でもいいか、すぐに作れるものにしよう。ぶつぶつと独り言を言いながら、無意識の内にお皿を二枚取り出していた。今日は自分一人だけでいいや。昨日おそ松に言われた言葉を思い出すと胸が針で刺されたような痛みを感じる。二人分用意しても結局は朝わたしが食べる事になる。帰ってきてもおそ松は最近まるきりそれに手を出した事がない。ため息をついてお湯を沸かし、久しく食べていないカップラーメンを啜った。


  同棲を始めた時はこんな感じじゃ無かったはずだ。彼はまだ働いていなかったし、仕事から疲れて帰ってくるわたしを出迎えてくれた。わたしはおそ松に、みんなと同じような愛され方をしていた。しかしおそ松が1回目の浮気をした時、妙なスイッチが押されたような気がした。わたしが泣くことを何よりも嬉しがり、好むようになったのはその時期だ。

  もう寝てしまおう、そう思って空になった容器をゴミ箱に入れようとするとゴミ箱はパンパンで、『ゴミ捨ては俺の仕事〜』なんて言ってたおそ松を思い出した。なんだ今週も捨ててないや、なんて思いながらゴミをまとめてベランダに置いた。ベッドに潜るとあれだけ連絡が気になり睡魔など無かった筈が急に睡魔に襲われる。起きたら隣におそ松が居ればいいや、なんて毒されている。


「なまえ帰ったよ」


  耳元で優しい声がした時、うっすらと目を開けたような記憶がある。彼からはほんのりお酒の匂いと、いつも使っていないシャンプーの匂いがしてまたわたしは静かに泣いた。

2016.0529
離れることは出来ないから