「俺今日飯食ってきたから」
「あ、そうなんだ」
「もしかして作って待ってた?」
「あるけど、明日の朝食べるから大丈夫」


  わたしの中で常に思っていた事がある。おそ松が自然と帰って来てくれる事がどれだけ望んだことか。結局作った料理にラップをかけて、明日の朝にレンジで温めるだけの状態にしておく。ここで外で食べてくるなら、一報入れてくれればいいのになんて思うけれど口には出せない。おそ松はわたしに指図されるのを嫌うから。だからといって好き勝手させてしまうわたしもどうかと思うが、こればっかりは仕方がない。料理だって、せっかく作るなら二人分作ってしまおうという気分になる。なってしまう、いや、そういうことにしてある。食べてくれたらいいな、なんて気持ちはなかったことにするんだ。


「自分で食べんの?」
「そうだけど…」
「朝も?夕食と同じのを?」


  だから夕食いらないって連絡くれれば、こういうことにならないのに。心では叫んでいるけれど、わたしの口からはそんな言葉は形にならない。表面上で笑うしかないのだ。


「だったら最初から二人分なんか作らなくて良くない?」


  そりゃあ、カチンときたりイラッとする事はある。それでもびっくりするくらい、こういう時わたしの体は全く動かない。笑った顔が張り付いたように、動かないのだ。嫌わないで、お願い。喜んでもらえると思ってした事を否定されるのは、かなり堪えるようだ。思わず目が潤んでしまい、より一層おそ松に何も言えずそっと俯く。わたしの涙に気付いたおそ松は嫌らしく笑いながら、わたしの頭を撫ぜた。


「何、怒ってんの?なんで?」
「怒ってないよ…」
「じゃあ泣いてんの?」


  その声にぞくっと鳥肌が立つと、目の前の彼はさぞかし嬉しそうに怪しい笑みを浮かべていた。まるで、泣いて、とでも言うようにわたしを愛おしく見つめるその目に耐え切れず、視線を逸らす。彼にわたしへの苛立ちを感じたのだが、恐ろしさに益々俯いてしまう。


「じゃあ、明日帰らないから」


   待って。明日どこ行くの?そう言いたいけれど、おそ松はわたしの横を通り過ぎジャケットをソファに脱ぎ捨てた。少し苛立っているような様子で、明日彼が確実に他の女の人に会いに行ってしまうことを感じていた。『なんで好きなの?』何度もわたしを試す彼のことを友人に相談すると、100%の確率で言われる言葉だ。浮気されてもわたしは彼から離れられない、依存、という言葉がぴったりだろう。わたしはそれほど松野おそ松という人間に惚れてしまっている。耐え切れなくなった涙が溢れると、ソファに座る彼に後ろから抱き付いた。


「…っおそ松行かないで」


  彼の好きな物、タバコ、ギャンブル、ビール、女の子。そして、何より好きなのは、わたしを泣かせる事。彼はまた心底愛おしそうにわたしを抱きしめる。明日帰ってくるかは分からないけれど、それでもいいや。


2016.0525
彼はわたしを泣かせる事が好きだ