一緒に借りたこの部屋も、一人では少し広い。寝室に明日の仕事に来ていく服をハンガーにかけると、もう時間は日をまたぎそうな時間を示していた。明日は土曜日で世間では休日と呼ばれる日だからか、一緒に住んでいる彼はまだ帰って来ない。わたしの仕事の休みは不定期で、生憎明日も仕事だ。もう寝よう、とベッドに入ると自然と不安が押し寄せる。


  一緒に住んでいる彼は、数年前までニートだったが漸く仕事を見つけて、働き始めた。世にも珍しい6つ子の兄弟も一緒に働いており、金曜日は全員で飲みに行っている、らしい。飲みに行っているのなら、遅くなってもいいのだ。待つ事も苦ではないし偶には遊んで来てほしい。
  そんな事を考えていると階段を登る音が聞こえて、ハッと目を開けた。その音は家の玄関で止まり、鍵を開ける音が聞こえる。やっと帰ってきた、と思ってベッドから起き上がると「ただいま〜」と機嫌の良さそうな彼が帰ってきた。寝室から顔を出して「おかえり」と伝えると、ゆっくりとわたしの横を通り過ぎ、彼からお酒とタバコが混じった匂いがした。やはり飲んできたんだなと思う一方で、ふと微かに香る甘い、香水の匂いを感じた。気付きたくないのに、敏感になったわたしの鼻は微かな匂いでも感じ取ってしまう。思わず視線を逸らすと、荷物を置いた彼がわたしの目の前に立って、楽しそうに笑っていた。


「おそ松、どこ、行ってたの?」
「んー?弟たちと飲んでただけー」
「…違うでしょ」
「…なんで?」


ーーーーだって女の人の匂いがする。
ああ、最後の声は形になったのだろうか。


「すごいねなまえは。俺のこと何でもわかっちゃう」


  わたしの髪を優しく研ぐと、誤魔化すようにわたしを抱き締めた。きっとわたしより背の高い彼は、向かい合わせでほくそ笑んでいるのだろう。あーあ、泣きたくなんかないのに。何度も繰り返されても許してしまう自分にも、悔しくて視界が歪んでいく。


「おそ松、もうしないで」


  震える声でそう告げると、わたしを一層強く掻き抱いた。


「あーわかったわかった、もうしないって」


  この男は本当にどうしようもない。そしてわたしもこのどうしようもなく浮気を繰り返す松野おそ松に、心底惚れていて、離れられないでいる。

2016.0513
憎んだってどうしようもない