偽りを並べた言葉なんかじゃなく、彼の本音が欲しかった。彼の私物をいつまで経っても捨てられないわたしは、まだ彼の言葉を待っていた。


・・・


  明日は燃えるゴミの日だ。何度も何度もゴミの日を迎えている筈なのに、押入れにあるビニール袋だけは捨てられない。明日こそ捨てる、それを何度繰り返しただろうか。わたしは、別れた彼を馬鹿みたいに思い続けていた。


  おそ松と別れる事を決意したのは約束をドタキャンされた夜の事だった。『14時に駅前集合、久しぶりに遊びに行こうか』そう軽い会話をしてきたのは赤い彼の方であったが約束の時間を過ぎても姿を現さない。正直期待はしていなかった。どうせまた同じように笑って誤魔化した電話が来るのだろうと心の何処かで諦めていた。松野おそ松という男はどうしようもない男だった。約束は良く破り、そのためドタキャンはもう何回されたか分からない。自分の欲求に素直な人であるからか、そのスタンスは長く付き合っていても変わる事はなくわたしのことは二の次であった。分かっていた事だけれど、積み重ねられた期待を崩される瞬間は慣れないものだ。ようやく電話が繋がったのは夕方のであり、もう流石に帰宅しようと駅からの道を歩いていた時だった。


「悪い!パチンコ勝っちゃって抜けられなかったんだよ〜」


  何処にいるの?なんて問いかける暇もなく、電話口はずっと騒がしく雑音しか聞こえない。漸く聞こえた彼の声は何時ものように軽く、語尾を伸ばす。なんと彼らしい理由だろうと思った。毎度の事ながらわたしの優先順位はとんでもなく低い。

  ーーパチンコにも、この前は競馬にも負けた。

  今から行くからさ〜、と来るか分からない約束を取り付けられそうになるが、咄嗟に電話を切る。もう待つのは嫌だ、もう懲り懲りだ。

  そのまま勢いで別れる事をLINEに流すと、何時もは既読無視をするくせにこういう時は返信が早い。なんで、なんで、と理由を聞いてくる返信に決心が緩んだ気がしたが、それを堪える。わたしは初めて彼のメッセージに返信しなかった。


・・・


  連絡を取り合わなくなり数週間が過ぎる。正直好きな曲の事や、好きな食べ物の事、そりゃあ全部覚えている。不思議とそれが自分の好きな物になっていたりするから、余計にタチが悪い。忘れたくても忘れられない、付き合っていた当時は不満だらけだった筈が、心にぽっかり穴が空いたような気分だった。いざ居なくなってしまうと、長い時間一緒に居たからか寂しい気持ちが勝る。けれど別れた理由わ思い出せば、気持ちはゆっくりと落ち着いてくる。そうだあいつはあんな奴だった、別れて正解だ。まるで自分に言い聞かせるように、同じ言葉を繰り返した。


  ゴミを抱えて玄関に向かう所で
突然家のチャイムが鳴る。タイミングが悪い、と一度ゴミを置いてカメラを確認した。すると今からゴミに出そうとしていた荷物の主が、ヘラヘラと笑っている。鋭い針が刺さったような痛みと、何故今更と思う気持ちが混ざり、ため息を吐く。もうこの際だからいっそ、この荷物を直接返してしまおうか。そう思う事にして、わたしは玄関の扉を開けた。


「よー久しぶり〜、暇だったからさ、来ちゃった」
「…」


  変わらないトーンで話し出すおそ松に、思わず顔を顰めた。口笛を吹くようにキョロキョロと視線を泳がせて、わたしが何か言うのを待っている様子だったが正直呆れて何も言えない。


「えーっと、怒ってる?」
「何しに来たの?」
「あー、あのさ」
「用がないなら帰って」


  恐る恐る、わたしの様子を伺いながら話すが何も言わない。今更突然何をしに来たのだろう。数週間ぶりの彼は、少し髪も伸びていて少しの変化にまた胸を熱くする。だから会いたくなかった。また一つ彼の事を思い出してしまうから。


「ちぇ、久しぶりなのに怖い」
「正直こうやって来られても困る、ほんと、もう来ないで」
「わ、悪かったって、機嫌直せよ〜」
「機嫌も何も…はい、コレ捨てようと思ってたけどちょうどよかった。持って帰ってもらえる?」


  片手で持てるほどの量の荷物だが、何故かずっしりと重みを感じた。これがわたし達が過ごした時間の重さだと思うと、無くなってしまうのは呆気ないものだとも思った。目の前の彼は、それをなかなかそれを受け取らない。片手で持ち上げられると言っても、玄関を片手で開けているから流石に限界で袋をゆっくりと下ろす。


「おそ松」


  もう良い加減にして、そう言いたかったのだ。初めて彼の名前を呼ぶと、それが合図だったかのように彼はわたしの肩を押して、玄関に入り込んだ。ドアが閉まる音がすると、彼は俯いてわたしの手を掴む。


「ごめん」
「…」
「馬鹿だと思うし、思われてると思う」


  握られた手が熱い。徐々に力が篭っていくのを感じると、心臓が飛び出しそうになる。彼はわたしが望む言葉を伝えてくれるのだろうか。聞くのが怖い、けれどまた傷付くのが怖い。決心したようにわたしと目を合わせた彼は、いつものヘラヘラとした表情ではなくて、視線を反らせなくなるような真剣な表情をしていた。


「オレさなまえしか考えられない。もう耐えきれなくて、会いに来た。頼むから、オレと、もう一回付き合ってほしい…」


  わたしはまた一つ、彼の記憶を取り戻す。言い終わった彼は真っ赤になりながら、視線を泳がせる。それを見てわたしはようやく本音を聞けたような気がした。頷いてはいけないと思っていても、頷いてしまいそうになる。また同じように傷付くと思っても、奥底に眠る本心には抗えない。視界が歪むのは、わたしがまだ彼を愛している証拠だった。

2017.0411
それはそれは歪で、