情けない、その一言だった。昨日わたしのあまりの落胆さに沢田さんも獄寺さんも何も言わなかった。獄寺さんに至っては、あの時の事をよく知っているからだと思う。血が流れて体が冷たくなった時、獄寺さん手の暖かさを感じた。死の恐怖と対面した直後の事だったからか、ベルフェゴールが去った後思わず子どもの様に泣きじゃくったのだ。負けて悔しいという感情だけではなかった。生きている事に安堵したのも確かだった。

  リベンジを誓って、ずっと目標にしていた。努力もしたしファミリーのためにもう負けたくないと思っていたのに。


  わたしの体は恐怖に支配されていた。


・・・


  きっとボンゴレのナイフ使いはこんなものだと思われてしまったのだろうか。今日一日の授業は全く記憶になどないし、教科書で隠しながらベルフェゴールのナイフを見つめていた。もう彼がわたしの前に現れる事は無いだろう、幻滅されたに違いない。プライドは切り裂かれ、元々のネガティヴ思考をプラスすると、悔しさで涙が止まらなくなるのだ。授業中に鼻をすするわたしをきっと殆どのクラスメイトが奇妙な目で見ていただろう。さっさと帰って寝てしまおうと早歩きで校門を潜り抜けようとした、その時。


  校門に寄りかかる金髪の男性が視界の隅に入る。その瞬間、わたしは急ブレーキをかけたように思いっきり立ち止まる。昨日ぶりの彼は全く変わらず、むしろ昨日より楽しそうに笑っていた。まさか此処にいるとはつゆ知らず、思わぬ展開にわたしはため息を吐いた。


「…何でいるんですか」
「暇つぶし」


  暇つぶし、ね。一日中ベルフェゴールのナイフを見つめて泣いて、変人扱いされた上でまた会うとはどういう反応をして良いのか分からないものだ。わたしは彼の暇つぶしになる事は出来ない、相手にならない。唇を噛み締めて彼の横を通り過ぎる事しか出来なかった。けれど無視を決めてもベルフェゴールはわたしの後ろを大股で着いてくるのだ。


「おーい、聞いてんのー」
「…」
「王子を無視するなんて100年はえーぜ」
「…」
「てか八つ裂きにしてやってもいーけど」


  ピタリ、と足を止める。ベルフェゴールの手元に扇子のように広がるナイフを見て、情けなくも体が震えた。俯いたわたしを妙に感じたのか、ベルフェゴールはわたしの顔を覗き込む。無邪気な声についに元凶である彼に今の心の内を話す事にした。


「あの、貴方程の方なら気付きましたよね」
「ん」
「…認めたくないですが、…貴方のナイフが怖い」


  思い出すと吐き気がする。その瞬間胃液が逆流するのを感じて、思わず口に手を当てた。自分の血が地面を汚す光景をハッキリと覚えている。微かに見えるワイヤーの糸も、皮が切れる感覚も、鮮明で。あれから数ヶ月の時が経っているはずだが、改めて技を受けると体は正直なものだ。そんな表情が気に入ったのかベルフェゴールは口元を釣り上げわたしの顔を覗き込む。


「お前の顔、最高」


  舐めるような視線にゾッとして思わず目を丸くする。そのまま一歩後ずさり、咄嗟の癖で腰の辺りに仕込んであるナイフに触れた。


「馬鹿にしないでください!」
「見せてみろよ」
「…は?」
「投げるとこ」
「…投げるとこ?」


  気の抜けたような返事をすると、ベルフェゴールはわたしの腰のポーチに手を入れる。その行動に我ながら可愛くもない叫びをあげるると、ベルフェゴールも同じように「可愛くねー」と言うのであった。投げるところ、とはまさか教えてくれるのだろうか?ベルフェゴールに限ってそんな事はない、そう思いながらも頭の中にクエスチョンマークを浮かべる。わたしのナイフを取ったベルフェゴールは観察するように見つめる。彼のナイフより厚みのあるわたしのナイフは、きっとフィットしないだろうに。ベルフェゴールは壁の割れ目を狙って見事当ててみせた。ふーん、と首を傾げ何か教えてくれるような素振りを見せるものだから、硬直してしまう。


「…なんで」
「王子のきまぐれ、しし」


  そう、だとしても、殺されかけた相手に指導されるのはいい気分ではないはずだ。けれど心臓が妙なリズムで踊るのを感じた。わたしはその言葉を嬉しい、と思っている。つまらない相手だと幻滅されるかと思っていたが思わぬ展開で手を貸してくれることに驚いていた。


「…きまぐれでも、嬉しいかもしれません」


  意を決して彼の手を取ると、彼はまた満足そうに笑うのだった。

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きまぐれだけど