同じ顔の区別がつき始めたのはいつの頃だったか。何年も幼馴染を続けていると、いつだったかなんて忘れてしまった。大学を出て仕事を始めても、遊びに行く関係はいまだ続いていた。華の金曜日の仕事帰り、同じ顔の末っ子から飲みのお誘いがきていた。このメールを見るのももう何度目だろう。メールを見て少し笑みがこぼれる。地元の駅について「今から向かうね」そう返事を返し、少し伸びをした。
  何年も続いているこの関係は楽なはずなのに、ため息をつきたくなるのは何故だろう。分かっているはずなのにわたしは現実から目をそらす。いつもの居酒屋に向かうヒールの音に神経が集中し、胸がどきどきと嫌な汗が噴出す。


  先月の休みの日だったか、わたしの初恋は終わりを告げた。この年にになっても仕事はしてないし、パチンカスだし、童貞なのに、ずっと好きだった。彼と飲みに行った帰り、わたしの口から長年の想いが爆発してしまった。隣を歩く彼の無邪気な笑顔を見て、しまっていた想いのストッパーが外れてしまったのだった。


『わたし、おそ松のことが好き』


  そう息をするように気付いたら告げていた。ふらふらとしていたおそ松が、ぎょっとわたしの方を見た時、わたしも自分の言ってしまったことを理解した。はっと口を押さえてももう意味はない。お互いに驚いてしばらく見つめ合っていた。わたしの周りの時間が止まってしまったかのように感じた。酷く酔っ払っていたはずなのに、吹いてきた風が冷たくて泣きそうになった。しばらくするといつものように、おそ松は笑った。笑っていたのに、一瞬だけ悲しそうな顔をした。その瞬間、もうわたしはこの人の側にいることはできないと気付いてしまった。


『なまえ、何言ってんの?ついに頭おかしくなっちゃった?』


  わたしの大好きな笑顔で、残酷な答えを聞いた。泣きそうに、崩れそうになる顔をぐっとこらえて、わたしも笑うしかなかった。まるで何事もなかったように、彼と同じように、誤魔化すしかなかったのだ。


・・・


  行かないほうが、いいかな。あれからおそ松とは会ってないし、どんな顔で会えばいいんだろう。でも、会いたい。少しだけ、だって6人いるんだしおそ松と話さなくても大丈夫。彼とは友達でいるんだ。いい女でいるんだ。そう心の中で葛藤していると、いつもの居酒屋の前についてしまった。外からでも聞こえる、聞きなれた声にため息をついた。ガラリと扉を開けると、既に出来上がっている六つ子が机に突っ伏していたり、いなかったりしていた。


「なまえだー!!やっと来たー!!」


  真っ赤な顔を起こしてわたしを呼んだのは十四松だった。続いてこっちこっち!とわたしを手招きし、トド松の隣の空いている椅子に座らせて、ビールを頼んだ。何分かかってるんだよ、なんていつものように一松に突かれると早くも一杯目のビールがわたしの目の前で注がれた。あ、やっぱビールうまい。
  そんな中でも珍しく机に突っ伏して動かない、目の前の席に座る悩みの種の人物。しばらく動かないことを願っていても、そうはいかない。真っ赤な顔を上げたと思ったらすぐにグラスを持ち、酒!!!と叫ぶ始末で、わたしの数分前の緊張が馬鹿みたいだと思えてくる。何も注がれていないコップをみて、おそ松は何故か不思議そうな顔でニタァと笑った。あ、これ絶対覚えてないやつ。


「てかトド松うっせーな、何騒いでんだって」
「ああ、おそ松兄さんやっと起きた」
「え、そんなに飲んだの?おそ松が潰れるのは珍しいけど…」
「つぶれてねーって言ってんだろ、てか酒がねえんだけど!」
「なまえが来る前もずっとこんな感じ〜」
「わーいつも通り」


  チョロ松はおそ松に巻き込まれてトイレに駆け込むし、いつもの居酒屋じゃなかったら怒られてる気がする。ビールをちびちび飲んでいると、おそ松はやっと冷静になったのか、それともようやくわたしに気が付いたのか、お互い目を合わせる。おそ松は驚いているのかなかなか目を背けてくれなくて、手に持ったビールに視線をそっと落とした。少しアルコールを入れておいて、良かったと思った。フラれてしまったとはいえ、わたしはまだおそ松のことが好きだ。なんで来てしまったのだろう、そんなことを思っても一目会えただけでも嬉しくなってしまっている。ほんと、矛盾している。おそ松に視線を移せずにいると、隣のトド松が机に突っ伏しながらだらしなくわたしにビールを注いでくる。慌てて溢れないようコップを持つがすでにコップはベトベトで、トド松を睨んだ。もう!と声を出そうとした瞬間だった。
  わたしとトド松の間を割くように勢いよくダンッ!とコップが叩きつけられた。恐る恐る前を見ると、ゆらゆらとおそ松がわたしを舐めるように見る。不機嫌そうに大きくため息をつき、わたしをビシッと指差す。


「てかトド松!呼ぶならなまえじゃなくてトト子ちゃん呼べよ!!」
「…」
「ちょ、おそ松兄さん」
「…俺だってもっと可愛い子と飲みたいもん〜え?なまえが今日会計してくれんの?それなら飲んでもいいけど」


  わたしは久しぶりに会う緊張からか、松野家長男のクズさ加減を忘れていた。その言葉を聞いた途端、プチッとわたしの中から何かが切れる音がした。注がれたビールをぐいぐい飲み干して、コップを音を立てて置いてやった。悪かったね、トト子ちゃんみたいに可愛くなくてさ、だからおそ松にもえらんでもらえなかったんだろうなあ。 そんなことを考えなが、すっと手を上げて店員さんを呼ぶ。今のわたしはきっと酷い顔をしているだろう。


「とりあえず冷酒ください。お猪口は、人数分で」


  隣のトド松から悲鳴が聞こえて、ほらおそ松兄さんが煽るからだ、どうのこうの叫んでいた。もう知らない、とりあえず飲んでやる。可愛くないなんてもうわかってる。


「おそ松!潰れた方が全奢りだからね!」
「無理無理、なまえが俺に勝てるわけないじゃん」
「ちょっと、いつもこうなるよね!二人とも!両方潰れたら誰が面倒みると思ってるの!」
「なにトド松、わたしが潰れると思ってんの?」
「いや!普通に思うよ!一松兄さんも逃げないで!潰れたふりしないで!」
「何何!野球はじめんの?!」


  お猪口に並々とお酒を注いで、おそ松と睨み合う。それを見た十四松をはじめ、どんどん騒がしくなっていく。乾杯をしてゆっくりと口にすると、じわりじわりとアルコールが体に回っていく。あれ、この展開何度目だっけ。いつもこの幼馴染達と飲むとおそ松と騒いでいる気がする。楽しいなあ、でも彼はわたしのものにはなってくれない。そんな事をふと考えたのも束の間で、浸みていくアルコールに溺れていく。頼んだお酒をゆっくりと飲んでいたはずだったのに、わたしの記憶はふわふわと何処かに飛んでいった。


しばらくは誰ののことも考えません。あなたのこともです。

全部なかったことにしたいのに、出来ない。忘れたいのに、忘れたくなかった。


・・・


「あーあ、案の定潰れたね」
「予想どおりすぎる」


  酔い潰れたおそ松兄さんとなまえちゃんを僕らで運んでいく。なまえちゃんに関しては相当やけ酒したようで、かなりチョロ松兄さんの状態に近い。でもチョロ松兄さんは真っ青になりながらも自分で歩けてるからいいか。なまえちゃんは意外と軽くて、背中に乗せるのも簡単だった。おそ松兄さんは顔を赤くしてぶつぶつと独り言を呟きながら、カラ松兄さんと一松兄さんに支えられて歩いていた。これは絶対に二人とも明日記憶がないパターンだ。
  一人暮らしをするなまえちゃん家に行き彼女のバッグからカギを借りて、そのまま彼女を運ぶ。この状態は何度目だろうか、いつもおそ松兄さんとなまえちゃんのバトルが始まって、二人が潰れて、運んで…。女の子の一人暮らしの部屋に男が6人入ると窮屈だけど、いつものように二人を運んでぐったりとした僕らはそのまま座り込んだ。「ほんと、バカだよねえ〜」となまえちゃん家で呟くと意識のない二人以外が、全員一緒に頷いた。いつものように横になって全員で寝れないけど、ずっと一緒に過ごしてきた幼馴染の部屋は居心地が良いのか、帰ろうと思ってもそのまま全員眠ってしまった。
  明日起きたら、なまえちゃんに片付けろ!って怒られるんだろうなあ。とりあえずなまえちゃんのベッドにおそ松兄さんとなまえちゃんが幸せそうに寝ているから、まあいいや。


20160506 title にやり
しばらくは誰のことも考えません