皮が裂けた。血が溢れ地面を汚した。対してわたしが奴に付けた傷は白いブーツの端を刻んだ程度だった。フラフラと倒れこみながら足元を刻むと特徴的な白いブーツの紐が切れる。それに気付いた奴は靴紐に触れて切れている事を確認すると、一層楽しそうに奴は笑うのだった。

  そんな反吐が出る程、思い出したくない記憶がある。


・・・

  マフィアという言葉を知ったのは物心付いた時からだった。気付けばわたしはナイフを握り、接近戦を中心に訓練を積んでいた。そんなマフィアの端くれだったわたしは沢田綱吉をボスとしたボンゴレファミリーのナイフ使いとして誘いを受け、並盛中にやって来たのだ。幼少期から特訓してきたナイフ捌きにはプライドがあった。沢田さんの右腕と自負する獄寺さんにも、認められる程であったはずなのに。

  わたしは他のナイフ使いに敗北したのだ。守護者ではないわたしをリング戦が始まる前、ナイフ使いとして奴が訪ねて来たのだった。正直飛び道具を使う相手に負けた事など無い。リング戦の前なのに運の悪い奴だ、そう思っていた。
  いざ始まるとあっという間に奴の罠にハマった。動けば動くほど体が刻まれ、撃ち落としても無数のナイフが襲ってくる。修行場所が近かった獄寺さんがたまたま通りかからなかったら、わたしは死んでいたと思う。奴はナイフとワイヤー使いだった。趣味の悪いオリジナルナイフの形もハッキリと覚えている。そして憎らしいくらい綺麗な金髪と、輝くティアラの存在も鮮明に憶えている。


  正直同じナイフ使いにあれだけ一方的にやられて悔しくない訳がない。次会ったら絶対に痛い目を見せてやる。ラルミルチに修行を頼み込んだり、さらに努力もした。そう密かにリベンジを誓っていたのだ。獄寺さんとも一緒に打倒ナイフ野郎と誓い合っていた。


  けれど正直それは今じゃない。わたしは両手にスーパーの袋を抱え、見たことのある目の隠れた金髪頭を見据えていた。何故此処に?何故今わたしの前に現れるのだろう。奴もさぞかし驚いた顔をしてわたしを指差した。


「ゲ、ボンゴレのナイフ使いじゃん」
「…え、まさか、あの時の」
「しし、ラッキー!暇つぶしになるな」
「あの、今は無理ですよ?一杯買い物して来たんです、お願いします」


  わたしを負かした嵐の守護者、ベルフェゴール。だが、この荷物で勝負などしたく無い。じり、と足を後退させると趣味の悪いナイフが地面に刺さる。


「うしし、逃げんの?」


  逃げるつもりはないがまさか出会うなんて思ってもみなかった。都合が悪い、そうだそれだ。冷や汗が吹き出しながら言い訳を考えるわたしは、両手からスーパーの袋を勢いよく地面に落とし頭を下げた。


「今日は見逃してくれませんか」


  そう言い切った後、ベルフェゴールの息遣いだけが聞こえているような感覚に陥る。殺されるかも、買った卵が割れたかも。妙な事ばかり考えているから、こんな所で会ってしまったんだろう。ナイフを掲げながら、奴は首元を傾げる。


「ふーん…何でもする?」
「はい!何でも!」
「うしし、いーよ、じゃあ」


  そう言うとベルフェゴールは地面に落ちた袋を1つ拾い、そのまま歩いて行く。まるで付いて来いとでも言うように、わたしに視線を向けた。慌ててその後姿を追いかけて一歩後ろを付いていくが、妙な冷や汗が止まらない。
  まさかこの人をこんなに近くに見る羽目になるとは思わなんだ。しかも奴が荷物持ちしてることを含め、次会った時は確実に殺されるかもと思った。それにしても何処へ向かうのかも分からず、青ざめた顔で付いて行くわたしの姿はさぞかし情け無かった事だろう。年相応の身長に、細くても鍛え抜かれた体を後ろからまじまじと見つめる。とりあえず弱点でもないか後ろから探しておこうと、意気込みながらも妙な心臓の音を感じていた。


・・・


  この人、容赦ない。
  腹でも減っていたのか、道も間違えず山本さん家のお寿司屋に足を運んでいた。お世話になっている山本さん家じゃなければ、わたしの財布はキャパオーバーを迎えた事だろう。驚きながらも迎えてくれた山本さん家に感謝である。


「お寿司好きなんですね…」
「このために着いてきてんだよねー」
「ではヴァリアーの皆さんもいらっしゃるんですか」
「来週には帰るよ」
「ハードなスケジュールですね」
「お前らみたいに王子は暇じゃねーの」


  美味しい物を食べて機嫌が良いのか、尚歯を見せて笑う。…ベルフェゴールは良く分からない。記憶の中では確実にわたしを殺そうとしていたのに、何故か今はスーパーの荷物を自然と抱えているのだ。リング戦後、ヴァリアーは少しだけだが柔らかくなったように感じる。これも沢田さんのおかげなのだろうか、そう思えばベルフェゴールの態度にも納得がいく。それでも一歩先を歩くベルフェゴールの背中を見て、恐怖のような気持ちを思い出し思わず腰に準備しているナイフを握りしめた。


「じゃーな、また明日」
「な、」
「お前なら暇つぶしぐらいにでもなるだろーし」


  おまけだとでもいうようにベルフェゴールはわたしに荷物を投げ捨て、足元の地面にナイフが勢いよく刺さる。此処か自分の家の前にだという事に気付くと、ヴァリアーがさぞかし恐ろしく感じた。刺さったナイフを拾い上げて、いろんな感情か混ざり思わずそのナイフをへし折る。


  なんで、体が震えるんだろう。
あのオリジナルナイフを改めて見ると、情けなくも体が震えていた。


  そんな気持ちを隠す様に奴のナイフを懐にしまう。あれだけ修行してきたのだ、まさか恐怖なんてあるわけがない。震える体を隠す様に、明日のためにナイフ磨きを始めた。

16.1221
また会いましたね