「…ほんなら、今は禁煙してみよか」 『本当?』 案外あっさりと受け入れてくれたことが嬉しくて、思わず彼を見上げる。 …というのももちろんだけど。 まだ少しだけ一緒にいられそうな気配に、嬉しくなる。
「そりゃあ…詩乃ちゃんにそんな可愛え顔でお願いされたら禁煙せなアカンやろ」 松田さんはそう言って、手にしていた煙草をポケット灰皿に押し付け火を消した。 『も…もうっ!』 赤くなっているであろう私を見て、くすっと笑う松田さん。 「そのかわり」 『え…っ?』 松田さんと目が合ったと思ったら、急に松田さんの端正な顔が間近に迫った。
「いつも煙草で我慢しとった分、詩乃ちゃんには責任とってもらわんと…なあ?」 『え…あの…?』 彼の言葉の意図することが分からずに尋ねると、彼にしてはめずらしい、にや、という悪戯な笑顔を浮かべた。
「詩乃ちゃん、俺、口が寂しいんやけど?」 『……、』
かっこいい……なんて見とれてる場合じゃない。 松田さんの笑顔が何か危険だという事を察した私は、腰をひいて逃げようとした。
…けど。 逃げようとする寸前、松田さんが私の腰に手を回した。 腰を抱き寄せられているから、逃げることはできない。 近かった顔が更に近くなって、顔が赤くなったのが自分でも分かる。 そして──ちゅ、と音を立てて唇が重なった。 さっきまで松田さんが吸っていた煙草の煙が伝わってくる。
『んっ……』 「……っ」 キスは自然に深くなっていって、こんな所で…って思っても抗えない。 少しでも彼から求められたいし、触れてもらいたいし、一秒でも長く一緒にいたい。 長い口付けから解放され、涙で潤んだ視界で松田さんを見た。
「アカンわ…」 唇が離れて思わず放心状態になっていると、彼がぽつりと呟いた。 松田さんを見ると、大きな手のひらで顔を覆っていた。
『…どうしたんですか?』 私がそう聞くと、松田さんは手のひらを外し、私を引き寄せる。 ちらりと見えた彼の顔は赤く染まっていて、なんだか可愛い。
「そのかわり…俺はヘビースモーカーやで、覚悟しといてな、詩乃ちゃん」 思わず笑みがこぼれそうになった私に、松田さんはまた私の心をかき乱すような言葉を発する。 心臓が掴まれたように、きゅっと苦しくなる。 『松田さ……ん、っ』
私の言葉を飲み込むかのように、また唇が重ねられた。 甘い甘い禁煙生活は、これから。
煙草なんかより唇に触れて
(あー…) (…どうしたんですか?) (俺、これなら絶対禁煙できる気がするわ。でも、そのためにはずっと一緒におらなあかんなぁ) (……ばか)
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