季節は秋。 たまに暑さが残る日があるといえども、少しずつ寒い冬に近づいていた。
おかげさまでこの世界にも少しずつ慣れ、毎日忙しくて充実した日々を送っていた。 本当に…毎日が楽しい。 そう感じながら今日の仕事を終え、帰る準備をしていた。 この後は、山田さんに寄って欲しいと言われたので事務所に寄ってから、今日は本屋に行く予定。
最近、よく話す仲になった私と義人くん。 義人くんが読んでいた本の話をキッカケに、本を貸し借りするようになっていた。
義人くんに貸してもらった本がおもしろくて、自分も新しい本を読もうと思ったのだった。 もともと本が好きだから義人くんとまた貸し借りできるかもしれないし、話せるかもしれないし……
そんな期待を抱いているうちに、いつしか義人くんのことが気になる存在になっていた。 義人くん、と自分で思い浮かべただけでドキッとしてしまう自分がいた。 やっぱり、私義人くんのことが……。 考えながら1人歩いていると、冷たい風が通り過ぎた。
それにしても…… 『寒い……』 (今日の服、ちょっと薄着だったかも……) 失敗したなぁ、と思いながら足早に街の中を歩いていく。 その時、人混みの中、名前を呼ばれた気がした。
「…ちゃん」 『…?』 「詩乃ちゃん」 『わ……!義人くん…!どうしたの?』
2度目ははっきり聞こえて振り向くと、そこにはWaveのメンバー、藤崎義人君がいた。 ちょうど今考えてた、私が片思いをしている相手。 急に会えた嬉しさ、しかも向こうから声をかけてくれた嬉しさでいっぱいいっぱいになりながら、弾む声を抑えて聞いた。
「詩乃ちゃんが歩いていったのが見えたから…」 『え…私、何か忘れ物とかしてた?』
私がそう聞くと、義人くんは少しバツの悪い顔をした。 「…いや、ただ…挨拶しようと思って」 (それで…わざわざ、追いかけてくれたの…?)
義人くんの一言で、一気に心臓の鼓動が早くなる。 『…そっか、ありがとう』 「…いや…」
顔を背けた義人くんの耳が赤く見えたのは気のせい…? 道の真ん中で止まるのもなんだから、と少し人の少ない道で2人足を止めた。
「…詩乃ちゃんは、」 『…え?』 義人くんが何か話そうとしたその時、一段と冷たい風が吹き抜けて、思わず身を縮めてしまう。
『…くしゅん!…あ、ごめんね』 「…ん」 くしゃみをしてしまって一瞬、沈黙が訪れた。 恥ずかしく思い話を元に戻す。
『…あの…なんだった?』 「……何が?」 『さっき何か言おうとしてなかったかなって思って』 「…あ…気にしないで」
(気にしないで、って言われても…) 「ごめん…」
そう言うと突然義人くんは着ていた上着を脱いだ。 その綺麗な仕草に見とれているとふわっ、と私にその上着を被せた。
『え……』 「あの…いや、ごめん…なんか寒そうだったから…」 一気に心臓の鼓動が加速する。
『っ…ううん、ありがとう…でも、義人くんが寒いでしょ?』 「俺は大丈夫…着てていいから」 『じゃあ…失礼します』
義人くんの優しさにときめきながらもなんとかそう言って、貸してくれた上着に袖を通した。 (わ…大きい……) 彼が細身だとはいえ、やっぱり私にはぶかぶかで、裾が膝上くらいまで来てしまった。 それに、ふわりと香る彼の匂い。
クールでいてどこか甘いような…好きな人のそんな香りに目眩がしそうになって、何も言えずにいた私を見た義人くんが、「やっぱり…大きいよね」と言ってフッと目を細めた。 『……っ、そうだね…』
表情を崩した義人くんがカッコよくて、やっぱり好きなんだと改めて思った。 …ああ、私今、絶対顔が赤い。 「じゃ…俺、向こうだから…行くから。…お疲れ様」
もう一度訪れた沈黙に、気まずそうに義人くんが言って、歩き出した。
『え…あ、あの、ありがとう。お疲れ様でしたっ』 いきなり行ってしまった彼に残念な気持ちに駆られたけど、お礼を行って私も本屋へ向かって歩き出した。
だけど…歩く度に上着からふわりと香る彼の香りに本選びに集中できるはずもなく、私は家に帰ったのだった。
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