雑誌で、音楽番組で、CMで。 ふとした瞬間に、詩乃ちゃんの姿を見つけるたびに、俺は複雑な気分になる。
今だってそう。 文庫本から目を離してテレビを見ると、テレビの中で笑う詩乃ちゃんが視線をこちらに送っていた。
「はあ……」
思わず口からこぼれていたため息を、今更ながら飲み込む。 俺の隣には、髪を結ぼうとしている詩乃ちゃんがいた。
――ここは俺の部屋。 仕事終わりに、詩乃ちゃんが寄ってきた。 「どうしたの?」と聞くと詩乃ちゃんは『義人くんに会いたかったの』と笑った。 その言葉が嬉しくて部屋に招き入れたけど、俺たちはふたり、大きなソファに座って別々のことをしていた。
会話が少ないのもいつものこと。 一緒にいれば、時間を共有できればそれでよかった。 俺は文庫本を読んで、詩乃ちゃんはテレビを見て。
だけど今の俺は文庫本なんてただのカモフラージュでしかなかった。 正直、詩乃ちゃんに触れたくてしょうがなかったりしているのだ。
そういうことは付き合ってから何度かしているけど、最近彼女に触れていなくて我慢の限界だったりする。 だけど、嫌われたくない俺はその気持ちを抑えるかのように文庫本に視線を落としていたのだった。
――それなのに。
髪を結ぼうとしている詩乃ちゃんの姿。 さらり、とほどける髪から香る甘い香り。
「…ねえ」 『ん…、何?』
俺の理性をいとも簡単に奪ってしまったそれら。 気付いたときには、つい本音が出てしまった。
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