──卵黄1個分、無塩バター80グラム、砂糖30グラム、薄力粉120グラム……
雑誌とにらめっこをする。 レシピを提供したという有名パティシエのにこやかな写真を尻目に、詩乃は頭の中で繰り返す。 卵黄1個分、無塩バター80グラム、砂糖30グラム……。
いくら連続ドラマの撮影の休憩中とはいえ、場所がコンビニエンスストアであろうが、好きな人を想えば女優だろうとアイドルだろうと変わらないだろう。 まさにバレンタインを目前に控えた女の子。 詩乃は整った眉を寄せて、コンビニの雑誌棚の本の一冊の、バレンタインの特集ページを見つめた。
『えっと…5人分だから、卵黄は2個分くらい?小麦粉は……』 と、思わず口に出して考えていると、 「やっほー」 突然後ろから肩を叩かれた。
『わっ……ビックリした…!』 真剣に読んでいた分心臓が止まる思いで振り返ると、ふわりと華やぐような笑みを浮かべて。 詩乃の想い人、三池亮太が立っていた。
コンビニに、天下のWaveの三池亮太。 なんともそぐわない光景のようだが、彼も詩乃と同じドラマで共演している──詩乃の恋人役である。 さりげなく雑誌を隠そうとする詩乃に、亮太は柔らかく微笑みかけた。
「監督が、詩乃ちゃんのシーンのことで話があるってさ。」 『あっ…じゃあ急がないと!亮太くん、教えてくれてありがとう!』 「ん、また後でねー」
雑誌を棚に戻し、パタパタと走り去っていく詩乃の後姿に手を振った亮太は、 先ほどまで詩乃が真剣に見つめていた雑誌を手に取った。
ぺらぺらと捲りながら軽く目を通していき、ひとつのページに目が留まる。 「……“本命にあげたい手作りクッキー”、ねえ…」
亮太はそのページに書かれた赤字の見出しを呟いて、雑誌を閉じて、その表紙を見る。 若い女性に人気のファッション雑誌だった。 “バレンタイン特別号!”とピンクで題された表紙の右端には、 “詩乃が着る!最新春コーデベスト10!”という文字が躍っていた。
本命にあげたい手作りクッキー、という文字が、ガキくさいけれどいつまでも目の奥に焼きついているようだ、と亮太はため息をついた。 ──本命…? …でも確か、詩乃ちゃんは5人分、と言ってたっけ。
考えてから、腕時計に視線を落とした。 ……もうそろそろ、撮影再開かな。 亮太は頭に浮かんだ期待をかき消すように軽く頭を振ると、その場を後にした。
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