湿気の多い、雨の続く6月。

「今日は一日中曇りでしょう。午後からは少し降水確率が上がりますが、雨が降るおそれはありません……」

天気予報を告げる美人アナウンサーはそう言っていたのに、お店を出た私たちを迎えたのは、しとしとと降り続く雨だった。


…今日は、収録を終えてから亮太くんに誘われて食事をしていた。
“個室になってるからバレる心配もないし、雰囲気もいいらしいから…行ってみない?”
彼に誘われたお店でゆっくりと食事を楽しんだ私たち。
雰囲気も素敵で、出された料理も絶品で。

お料理を食べ終えた時、そっと亮太くんが私の頬に触れた。

「詩乃ちゃん…」

ほんのりとした柔らかい間接照明の光に包まれた亮太くんの表情は、とても色っぽくて。
どう反応すればいいのか分からずに、私はとりあえず俯いた。
ちょっとだけかすれた声が、私を呼んで。

「俺の家…行こうよ」
いつもだったら、“俺の家、来ない?”なんて、ちょっと悪戯っぽく、それから、ちょっと甘えたように誘うのに。
……今日はなんだか、違う。

『……っ』
その言い方が、有無を言わせないというか…なんとなく熱を含んでいて、私は黙って頷いた。
お店を出ると、サアア、と雨が降っていて。

『あ…傘、持ってない…』
天気予報外れたなあ…なんてぼんやり思っていると、亮太くんの手が、私の腰に回る。

「…タクシー呼ぶより、こっからだったら歩いたほうが早いね。ちょっと濡れちゃうけど……歩こうか」
そう言って、彼は歩みを進める。
彼の視線の先を辿ると、車が長い列を作っていた。
混雑しているらしく、ゆっくりとしか進んでいなくて…確かに、タクシーを呼ぶよりも歩いた方が早そうだ。

『あ…うん…』
私は頷きながら、亮太くんとともに歩く。

…今日の亮太くんは、なんだかいつもと違う。
……それに、私も。
いつも以上にドキドキしてる。

たとえばご飯を食べてる時の、男っぽい手とか。
瞬きをしたときの、長い睫とか。
…蒸し暑いのか、いつもよりボタンが多く外されたシャツから覗く鎖骨、とか。
なんだか、いつも以上に緊張しちゃう。

それなのに、隣を歩く亮太くんに抱きついてみたいな、って思ったり。
…久しぶりにふたりでいれるから、なのかな。

なんて、時間のせいにしてこの気持ちを誤魔化そうとしてみるけど、全然だめ。
自分でもこんなはしたない感情を持つなんて…って思うけど、亮太くんに触れられたい。
ぎゅっと抱きしめて、キス、して欲しいって思ってる。
…彼には言えないけど、ホントは、キス以上のことも、したい。

……いわゆる欲求不満、ってやつ、なのかな。
そう考えると恥ずかしさがこみ上げて、気付いた時には彼の家の前に到着した。


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