「ああ…そろそろ行かないと。詩乃ちゃん、じゃあ…またね」
『あ…はい、一磨さん、頑張ってくださいね』
「うん…じゃあ頑張ってみようかな」
『あ、でも…無理はしないでくださいね?』
「…ハハッ、詩乃ちゃんには敵わないな、ありがとう」
楽屋のある廊下で出会ったWaveの一磨さん。 一磨さんは、私が困っているといつも助け舟を出してくれる、お兄さん的存在の人。 演技も上手くて、いつも熱心で、優しくて、頼りになって。
…私にとっての憧れの人、みたいな。
一磨さんには、私がお付き合いしている彼、三池亮太くんのように“愛しい”という感情ではなく、“尊敬”や“憧れ”という感情を抱いていると言えば正しいかもしれない。
そんな一磨さんを廊下で見かけた私は、いつも通り挨拶をして、それからちょっとだけお喋り。
お喋りといっても本当にわずかな時間だけで、一磨さんは次のピンのお仕事があるから移動しなければならないらしい。
ちょっと残念に思っていると、彼は私の頭をぽんぽんと撫でて、優しい笑みを浮かべて去っていった。
(一磨さんって…やっぱり憧れの人、だなぁ)
ぼんやりとそんな事を考える。 一磨さんが去っていった後、楽屋の並ぶ廊下は静かになったように感じられた。
私は次の仕事まで時間があるので、楽屋に戻ろうと踵を返そうとした。
すると後ろから、不意に聞きなれた声が聞こえてきた。
「ねぇ…何してんの?」
『…亮太くん!』
言いながら振り返ると、そこには私の大好きな彼、Waveのメンバーである三池亮太くんが立っていた。
赤茶の癖毛に、くりっとした瞳。 アイドルスマイルを湛えた口元。 そこはいつもと変わらなかった……けど。
亮太くんの持つ空気というかオーラが、いつもと違って感じた私は、恐る恐る答えた。
『何って……一磨さんと話してただけ、だよ?』
すると亮太くんは、突然私を廊下の壁に押し付けた。
『えっ…』
そして私の両手首は亮太くんの片手によって拘束された。
「ふーん…」 『…!』
そして間近に迫ってくる亮太くんの整った顔。
逃げたくても手首を掴まれ拘束されている状態なので逃げ出せない。
…もちろん、ここは楽屋が並ぶ廊下。 今は誰もいないけど、いつ誰が来るかわからない。 それなのに至近距離で視線が絡まって、加速していく鼓動。
亮太くんの瞳には妖しい光が宿っていて、ぞくりとしてしまう。
見つめ返すことしか出来ずにいると顎をくいっと持ち上げられた。
私の唇にかかる亮太くんの吐息。
『亮太くんっ…誰か来ちゃうよ…』
私が辛うじて声を振り絞って言うと、亮太くんは何事もなかったかのように私から手を離し、2、3歩離れた。
私の言葉に、亮太くんは皆を魅了するキラースマイルを見せた。
「なら…詩乃ちゃんと僕しかいない、2人っきりになれる場所、行こ?」
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