白と赤のアネモネを取り出し彼に見せると、蛯原さんは小さく頷いた。
「…どうしてそれを知っているんだ?」
気付かれないようにしてきたはずだったんだが、と蛯原さんは困ったように、どこか寂しそうに微笑んだ。
『七海ちゃんが、花屋さんで赤い花を買う蛯原さんをたまたま見かけて…店員さんに"いつもありがとうございます"なんて言われていた、と言っていたので…』
七海ちゃんとの会話をかいつまんで話すと、 「全く、山口は…そういうことはいちいち鋭いから困るな」と蛯原さんは苦笑を浮かべた。
ふと信号を見ると、いつの間にか青へと変わっていた信号も点滅を始めていて、視線を蛯原さんへと戻し、彼を見つめた。
『……私』 蛯原さんも私をまっすぐ見つめる。 『私、ずっとお礼が言いたかったんですよ』
私が辛いとき、どれだけ元気付けてくれたか。 …思わずアネモネを抱き締めるように持つと、それを見た蛯原さんが小さく笑った。
「正直最初は、旦那とのことで泣いていたお前を少しでも元気にしてやれたら…なんていう気持ちより、仕事上のパートナーが沈んでいては困る、という気持ちの方が強かった。だが…」
そこで一旦言葉を区切った蛯原さんが、大きく息を吸い込んだ。 熱い眼差しを注がれると、目を逸らすことはできなくて。
私はただ、彼の眼差しを受け止めていた。
「俺は純粋に、長江…お前の笑顔を見たいと思うようになった」
痛いほど真っ直ぐな視線に、胸が高鳴るのを感じずにはいられなくて。
(私、やっぱり蛯原さんの事が……好き…)
「でも、長江の中では俺は"王子様"の存在になっていて…話を聞いたとき、自分だと言い出せるような器じゃなくて、つい長江に当たってしまった」
もう一度、悪かった、と蛯原さんは言って。
「…好きだ」 『……!』
その言葉と共に、私は強い力で引き寄せられて。 彼の逞しい腕に抱き締められていた。
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