朝目が覚めて、すぐに何かの不安に駆られることがある。
女の勘、というやつなのか、虫の知らせというやつなのか。自分でも分からない。けれど、嫌な汗で目が覚める。
気持ちの悪さから抜け出すために起き上がる。
これが嫌な予感のサインだった。大きければ大きいほど、気分が悪くなる。
兄さんを追いかけるとバイクに跨った朝も、あの空港に行くと決めた朝も。この冷や汗ともいえない嫌な汗が背中を伝って、気分の悪さから鳥肌が立つ。胸から沸くようにうずうずと気持ちが悪い。いつもそうだった。
「今度は何よ…」
くしゃりと汗で額にまとわりつく前髪を掻き上げる。汗はもう冷たくなっており、額をひんやりと冷やす。
いやに寒い、と部屋を見回す。暖房は寝る前に切っておいたから、当たり前といえば当たり前だけど、それにしたって寒い。寝起きで汗のまとわりついた体に寒さがじんわりと浸透する。
その寒さの原因は分かりきっていてもつい確認したいことがあり、ベッドの横にある窓のカーテンをそっと引っ張った。そこでやっと寒さの納得がいく。
「天気予報は外れたのね」
窓の外を見ればざわざわと音を立てて降る雨が見え、窓にも白くもやがかかっている。
窓に散らばる水滴の間から、久しぶりに降る雨にはしゃぐ子供たちが見え小さく微笑む。
いつもならば嬉しく思う出来事だけれど、芯から冷える寒さは今の自分には堪える。嫌な予感をぬぐうにもぬぐうことが出来なくなってしまった。
この嫌な予感を感じた朝の悪い出来事が「天気予報が外れる」なんて程度なわけがない。
もっと大きく、重大な何かが待ち受けている。そんな気がした。
そして、大抵それは外れない。
「何が起きるのかしら…」
体を覆うほどの寒さでもないのに、妙に体が震える。それを押さえ込むように両手で抱きこみ、寒いのだと言い聞かせる。
恐怖だろうか。
歳を負えば、この恐怖も薄れるだろうか。そう思ってがむしゃらに救済活動を続けてきた。だけれど、それは年々乗算されていくばかりで、一向に薄れる気配がない。
ことあるごとに思い出し、冬が来るたびに後悔する。
「そういえばもう11月なのね」
ほう、とため息を吐けば、雨で温度の低下した室内にため息が白く形に表れる。
ピリリリリリリッ
ビクリと肩が勢いよく跳ねる。
雨が降ると静寂に包まれたみたいに音がなくなる気がしてた。ざぁざぁ、という音以外に何も聞こえないから。
外に子供がいるって言うのに自分以外に誰もいないんじゃないか、なんてこんな歳になって考えたりもする。
そう思い込んでいたところに鳴り響く自分の携帯。
ディスプレイに表示されているのは11年来の友人であり相棒の名前。
何気ない電話なのか、大切な用件なのか。どちらにしろ早朝にかけてくるなんて珍しいことで、どちらとも取れるものだからついついディスプレイを眺めたままの状態で静止する。
嫌な予感が的中するのだろうか。
そう恐れて電話に出るのをためらう。
けれど、出ないと前には進めない。
それが自分なりに今まで進んでこれた所以の1つだった。
自分には『勇気』しかない。それしか自分を前へと進めてくれるものがなかった。
「…はい」
通話ボタンを押して携帯を耳に押し当てる。
『おはよう。朝早くにすまん。』
「どうしたのよ?」
『元気ないな、どうかしたか。』
どうして分かるのか。
そういう疑問を感じないくらいには付き合いが長い彼との電話。それは少なくとも嫌な予感を少しだけ打ち消した。
逆に募らせる不安もあるけれど。
「ごめんなさい、なんでもないの。ちょっと夢見が悪かっただけ。そっちこそ何かあった?」
まさに「腐れ縁」と言っても良い友人からの急な連絡をクレアはどうとるべきか悩んでいた。
信頼のおける友人からの連絡に心を躍らせるべきか、信頼における友人だからこその信憑性の高い情報に何かあったんじゃないかと覚悟をしておくべきか。何の、と聞かれても困るが、彼との繋がりにはいつもそれなりにリスクと覚悟が伴う。むしろ伴わなければならない。
そういう関係であることは互いによく理解していた。
『いや、君が気に病むような用件じゃない』
「…何でもお見通しね」
自分の声を聞いただけで不安を言い当ててしまえる友人に苦笑。
すると受話器の向こう側からも含み笑いがこぼれる。まぁな、と言葉を濁した彼が苦笑を浮かべているのは簡単に予想がついた。何か思い出すような事例があったのだろう。
『まぁいいや。昨日シェリーとバーに行ったんだ』
「あら、どうして誘ってくれなかったの?あ、ごめんなさい、若い子と行きたかったのね?」
『忙しいと思って誘えなかっただけだ!急に決まったことだし、他意はないって。でも、シェリーにもどうしてと聞かれたよ。』
肩をすくめたのだろう。洋服が擦れる音が電話越しに聞こえた。
思い出した事例はこのことか、と予想をつける。
そして気がかりだったシェリーの状態にも胸を撫で下ろす。
精神的にも大きく成長し、レオンの話ではかなりの美人になったのだという。
アネットも美人だったし、シェリーはアネットによく似て、昔から将来有望な可愛い子だった。それが美人になる、ということはその分成長したということで。
それだけあれから月日がたっているということを嫌でも私の身に示してきた。
「シェリーもそんな歳なのね。歳を取るわけだわ…」
『朝からなに年寄りみたいな事を…』
「成長しないままだなって思ってたところだったからつい、ね」
『いいんじゃないか。進歩はしてる。』
「そうね、ありがと。」
本当に進歩した。
この私の周りにまとわりつく不思議な縁。それからバイオハザード。
その首謀者であるアルバート・ウェスカーを兄さんが倒したことにより、格段に進歩した。
それだけじゃない。テラセイブも大きくなり、救済活動は容易になった。その分忙しい日が続いているけど、それを別段嫌に思わない。むしろ認めてもらえることが嬉しくてたまらないのだ。
レオンのほうも昇格を繰り返し、エージェントとして暗躍。そのお陰でシェリーの身も安全に保たれている。
『…あと少しかな』
「だったらいいと願うわ」
『そうだな』
ウェスカーの撒いた種は各国にまで広がり、いまだに収まることを知らない。
けれど、生み出すものさえいなくなれば、あとは退化だけ。それを待つなんてできるほど悠長な余裕はないから、前へと進む。
今のこの平和が、アンブレラが崩壊した後のような嵐の前の静けさかもしれないけれど、1つ肩の荷が下りたことは確かだった。
また乗っかってくる事の方が容易だけれど、同じ重さを背負うなら、1つおろしてからの方が楽。分け合うならもっと楽。負った荷をおろすのも2人の方が格段に楽で頼もしい。
そういうやりとりを彼と細かくしてきたことが、今になって実を結んだような気がした。
『で、今回の電話の用件だけど…』
「あら、随分と簡単に話が変わるのね」
『勘弁してくれよ。かなり急いでるんだ。』
それなら夜に電話を入れてくれてもよかったのに、とついつい漏らす。だが、彼の夜は遅く、朝だって早いとは言わないが遅いとも言えない。時間が合うわけがないのだ。
それが彼と数年に渡って会っていない所以の1つだ。
もう1つはもっと簡単で分かりきっている。
「ごめんなさいね、ちょっとアンニュイなの」
『これだから女って奴は…』
またそのセリフ…と呆れつつも言葉には出さない。出すと後からが面倒になることは長年の付き合いから予想が出来た。
どちらかが引ける範囲で引いて、それでいて本気で譲れないことは何時間もかけて互いに説得と納得をする。このスタンスは11年間譲ったことがなかった。
今回は私が引くべき箇所だった。男女の差は文句を言ったって仕方がない。
これが血の気が多い私と、頑固者な彼とが上手くいっている理由だった。
「で、用件って?」
『あぁ、今度シェリーと…
「ねぇッ!?レオン!?」
…はぁ…今度は何だ…』
バンッ、と何か硬いもの同士がぶつかる音が聞こえ、電話の向こう側が急に騒がしくなった。
若い活発な声に、レオンはため息を吐いて電話越しに文句を告げる。これが1度目でないことは先ほどのセリフから把握済みだ。
相当振り回されているらしい。
そう思うとそんな姿を想像してついつい笑みがこぼれる。
『今、電話中なんだが?
「見ればわかるわよ、聞きたいことがあるからここで待ってるわ」
…だそうだ。ったく…』
「ふふっ、若い子に囲まれてうらやましい限りだわ」
『茶化すなよ…』
「忙しそうだし切るわね。また何かあったら連絡するわ、レオン。」
『あぁ、話の続きはまた今度連絡するよ、クレア。
「えっ!?相手女性だったの!?私と言うものがありながら…」
…あまり誤解を誘うようなことは言わないでくれ、アシュリー』
嫌な予感が消し飛ぶほどに平和な音を耳にして、綻んだ顔が戻せない。
些細な、それでいて騒がしいやり取りにざわついた心境が少し落ち着く。
そうなると、ついつい本音を漏らしてしまう。どうせ聞いてないだろうと思って。
油断してしまうのは彼だからなのか。
「いつでもお誘い、待ってるわよ」
自分らしくない言葉に恥が勝り、勢いで電源ボタンを逃げるように押す。
こうやって私たちが会っていない所以は増えていく。
私たちらしい、とは思うけど。
フラットな連絡網
いつまでたっても素直になりきれない2人。
大人になればなるほどこういう関係に落ち着きたがってる感と少し前に進みたい感が見え隠れしててたまらない^q^
序章長いってそろそろ怒られそうな域ですけど、大丈夫ですかね…あと1話あるんですけど…
2012/04/11