目が覚めたとき、記憶はなかった。否、あったけど微かだった。
その微かな記憶を頼りに俺は裸の体に寒気を覚え、無機質な床を進み、Tシャツを手に入れた。ちょっと、したり顔だった。
馴染みなんてものも今のところないだろうけど、腕を通したその布は妙に体に合わなかった。したり顔はひっこんだ。
でも、記憶はいつまでたっても曖昧だった。
Tシャツの近くに用意された真新しいズボンを履いて、そのサイズの丁度さに驚かされる。
動きやすく、それなりの長さ。体にジャストサイズなのだ。
けれど、何か馴染まないというか、違和感を覚えるというか。
そういうのは、俺の記憶に聞くしかないのだが、残念ながら今のところ名前も思い出せやしない。
「名前も…?」
おかしな話だな、と思いながら今自分のいる場所を見渡す。
君が悪いほど白く無機質で、目がくらむほどにまぶしい部屋。
病院の匂いとも少し違うが、それにどことなく似た匂いを漂わせた透明な液体がコポコポと音を立てて自分へとつながっていた。
注射をされていたのだとやっと気づく。
違和感の正体はこれだろうかと少し期待を持って引き抜いてみたが、どうしてもそれはぬぐえなかった。あまり痛みも感じなかった。
冷気が漏れ出したカプセルが目に留まる。
白い煙を漂わせ、腕にその煙が掠めるとひやりと冷たかった。
俺はそこから出てきたようだった。どおりで寒いわけだと納得する。
そのカプセルに古くぼろぼろになったシールのようなものに視線を滑らす。
刻まれた文字を何となしにポツリと呟く。
「ふぅん」
これだけは妙に馴染んで、ちょっとだけ得意げになった。
多分、これが俺の名前なのだろう。
でも何か欠けているようにも感じた。
なにが。
と思いながらも、いまだにパリパリと音がする髪の毛の方がよっぽど気になった。
シャワーを浴びれないだろうか。
ない記憶を辿ろうと無意識に思考をめぐらす。
「この扉の奥か。」
すると、頭の中に目いっぱい広がる地図。
驚いたことに、この建物の間取りが頭に残っていたのだ。今のところはおそらく、程度の信頼度だが、これで合っていれば信頼していいだろう。
残っていた、というよりは俺にとってはインプットされていた、の方が感覚的に近いような気がする。覚えがないのだから。
どちらにしろ、シャワーを浴びられるのなら好都合だ、とほくそ笑む。
寒くて仕方がない。
「…分かってるよ。」
俺が大人しくシャワールームを記憶から辿っているうちも叫ぶ深層心理。
今にもあふれ出しそうなほどに理性をたたく、どす黒い何かに肩を竦める。
「シャワー浴びたら考えるから少しだけ黙っててくれ。」
これは多分「憎しみ」だろうな。
俺は自分のことのはずなのに、どこか他人事のように自分の理性を宥めた。
「憎いのは誰?」
そっと自分に聞いてみても、ない記憶ではその理性しか頼りにならなかった。
思い浮かぶ、自分より少し年上の女性。綺麗とはいえないけど、それなりといえばそれなりだし、俺は嫌いじゃなかった。
けれど、嫌いだった。
「手を貸そうか?」
聞き覚えのない声が俺にそう問いかけた。
フラッシュバックに起こされる
これをプロローグにするべきか、1話をプロローグにするかで悩んだんですけど、どっちをプロローグにしてもしまらないという。笑
まぁ、敵さまのお目覚めと言うことで、これからめまぐるしくしていきたいと思ってますのでよろしくお願いします。
2012/04/06