大学の頃の友達と遊びに行って、夜にバーで飲んでお開き。
駅まで歩いていく友達とは対照的に、私は1人バーに残ってお迎えを待っていた。というか待つしかない。かなり珍しいことだった。ここは信頼できるお店だから少し遅めに迎えに来ても大丈夫だけれど、いつもなら友達より先に帰らねばならないことが多かった。
あの事件をきっかけにパパはすっかり過保護になってしまった。同じくらいあの人への信頼も上がっているから、私にとっては嬉しいことだけれど。
今日のお迎えが大好きなあの人じゃないことくらいで不機嫌になるほど子供でもなくなった。けど、それでも少しだけ落胆するくらいは許してもらえないかなと、こっそり思っていたりする。
スーツを着た似た背丈の人を発見するとついつい目で追ってしまうのは今日のお迎えが、違う人だから。少し若くて、同世代くらいの今日のお迎えの方はすごく印象の良い好青年だった。
けれど、私には無愛想で淡々と任務をこなしていくあの背中が忘れられない。
何度も思いを告げているのに、見向きもされないだなんて。
あの頃と違って、こんなにも大人になったのに。
ふぅ、とため息をついてアルディラを一口だけ喉に通す。
「レオン!」
突如聞こえた見覚えのある名前にむせ返りそうになった。
付き合いの長いバーテンがその様子にこちらを見てニヤニヤと笑いながらグラスを磨く。
私の恋心なんて、年上からしてみればバレバレなのだと痛感させられ、バーに通うようになってからも周りの子供扱いが抜け落ちない。悔しい、とまた一口飲もうとグラスに口を付けた。
「はしたないぞ。せっかく素敵なレディになったんだから、少しは周りの目も気にしろ。」
「ふふっ、ごめんなさい。」
むせ返るなんてものじゃない。
大好きなあの人の名前が聞こえ、ついついどんな「レオン」なのかとチラリ、と見てしまった。
ブラウンの綺麗な髪、すらりと伸びた手足、細く見えるけど筋肉のバランスの取れた体型。
どんな「レオン」かと聞かれれば、自分が恋する「レオン」であったのだ。
しかも、その隣にはそのレオンに勢いよく抱きついた若い女性。
少女といってもおかしくないあどけなさの残る顔立ちはまだ大学生だろうかと推測する。だけど、どこか知的な表情が彼女を大人びて見せているように見えた。
これから、大人になるにつれてぐんと綺麗になるのだろう。
「私、カクテルはあまり飲んだことなくて…」
「ワインは?」
「ワインは好きよ?レオンと同じくらい」
少女の言葉に呆れたような笑みを浮かべてはいはい、とさり気なく少女を体から離す。苦笑の中にも滲み出る優しさが、彼女との絆みたいなものを感じた。
少女は体を離した瞬間は少しだけ不服そうな顔をしたものの、すぐに開き直ったようにレオンの隣に座った。
そして肩を竦めて、やっと外に出て飲めるようになったのも最近だしお酒は詳しくないわ、と微笑んだ。
「フルーツ好きだったよな?」
「勿論。」
「じゃあこちらのレディにシンフォニーを」
承諾の意を唱えてこくりと小さく頷くバーテン。寡黙で落ち着いた雰囲気のある彼がレオンのお気に入りだった。
「ピーチ・ブランデー?」
「詳しいな。嫌いだったか?」
「ううん、大好き!クレアまでは行かないけどね?」
「泣けるぜ…」
まだ適わないか、とぼそりと呟き、少しだけふて腐れた表情でウォッカティーニを頼む。
いつも度数の強いお酒を飲んでケロリとした顔色をしているのは知っている。かなり強いことも、詳しいことも知っている。
何度か誘ったことがあったから。私とは命令しないと来てくれなかったけど。
「どれくらい会ってないの?」
「…連絡は頻繁にとってるけど、最後に顔を見たのは3年くらい前かな」
「自然消滅していいレベルね…」
「その前は8年くらい会ってなかったし普通だろ…ってクレアとは付き合ってないからな?」
「えぇー、お似合いなのに。」
「クレアは忙しいからな」
「会いたくないの?」
できることなら、会いたいさ。
とウォッカティーニをめずらしく大きく呷る。照れ隠しのようにも見えた。
彼の恋愛談や過去の話は聞いたことがなく、私には少女が彼とどんな関係にあるのかも分からなかった。
若い少女と32歳になる男がどういう経緯で知り合ったのかも、予想がつかなかった。しかもあんなに優しい笑みを浮かべて。
「素直に会いに行けばいいのに」
「大人の事情があるんだよ」
少し突っ張るようにおどけるレオンに、少女が不服そうに口を尖らせてシンフォニーが揺れるグラスを手に取る。大人になったから連れてきてくれたんじゃないの、と言いながら、グラスに口をつける。
喉を通ったと思われるタイミングでグラスから口を離し、綻ぶような笑みが一気に広がる。
「美味しい…!」
「好きだと思った」
「レオンにはなんでもお見通しね」
「なんてったって、11年の付き合いだからな」
まるで、そうあるべきが普通であるかのように、自然な流れでレオンは愛しそうに少女の頭をそっと撫でる。子ども扱いしないで、と先ほどまで突っ張っていた少女だが、嬉しそうに今回ばかりは目を細めてそれを受け入れる。
兄弟、には見えない。親子にも見えない。ならばこの関係は何なのだろうと思う。
けれど、彼に聞いたところで答えてくれた試しがない。
いつも攻めているはずなのに、彼の与えてくれる発言には受け身になりがちだ。
彼が意図的にそうさせているようにしか見えないが、致し方がないのだ。
「なら、11年来の付き合いのクレアのこともお見通しなのね?」
からかう素振りでレオンに軽いウィンクを送る少女。
レオンは意表を突かれたような表情を浮かべたかと思えば、大きなため息を漏らした。
「これだから女ってやつは…」
ウォッカティーニのグラスに口を付けて、少女の頭を軽く手の甲で小突く。
ふて腐れて不機嫌なように見えて、少しだけ嬉しそうな、そんな微妙な表情を浮かべて頬杖をつく。
「ちょっと似てきたんじゃないか?」
シェリー。
とレオンはここで始めて少女の名を口にした。
シェリーと呼ばれた少女は得意げにシンフォニーをそっと呷った。
シンフォニーを呷る
レオン32歳、シェリー23歳、アシュリー25歳。(あれ、計算間違ってないですよね?)
これからもっとシリアスになると思いますが、そこでうまく恋愛要素が物語を回していけるように、と考えています。焦らされるような恋愛が好きな方は是非。笑
2012/04/05