始末、顛末、また支度 3


 毛利家に到着するなり、おっちゃんは時計を睨みつけてから俺と蘭を急かした。

「ったく、日付変わるギリギリになっちまった。子供は寝る時間だ、さっさと寝る準備しろ」
「はいはい。お父さんもね。あ、私シャワーだけ浴びちゃうから」

 慣れた調子でそう言った蘭は、自室に着替えを取りに戻った。

「お前はこっちだ」
「はーい」

 蘭が部屋に入るなり、おっちゃんも自分の部屋へ向かいながら俺に声を掛けた。そういえば、初めて入るな。なんてことを思いながらドアを抜ける。
 中はとてもシンプルだった。ベッドに、簡易的なデスク、クローゼット。あとは三段組のカラーボックスが本棚にされている。
 本棚には推理小説――と思ったが、数冊しかない。その中でも、ハードボイルドの色が強めの作家が多い。後は新本格やらトラベルミステリーやら。日本人作家が中心の棚作りになっているようだ。数少ない海外作家は……レイモンド・チャンドラー。ギムレットには早すぎるね、なんてマーロウごっこと洒落込みつつ酒を飲むこともあったんだろうか。いや、キャラ的にさすがにねえか。しかし、ドイルも乱歩もない。やっぱり他人の書棚は好みが出るもんだ。
 タイトル見物をしていると、俺用の布団を引いたりしてくれていたおっちゃんは思い立ったように言った。

「そういえばお前、着替えは?」

 瞬間、嫌な汗が出た。
 そうだ、いくらなんでも「住まわせてくれ」なんて言っといて手ぶらってのは理屈に合わない。

「えっ、あ、その、急にこっちに来ることになったから、用意してなくて……」

 返事はどうしたってしどろもどろになる。
 おっちゃんはどう思ったのか、その心情は分からないが微妙な顔をした。
 せめてガキの頃の服を何着か詰めてくればよかったか――けど、いくら新一のお下がりだからと言ったって、工藤新一の服を今の俺が着たら同一人物だとさっき以上に疑われてもおかしくない。
 慌てる俺を尻目に、おっちゃんはクローゼットを開けた。意外と衣装持ちなのか、中にはたくさんのハンガー吊りの服や衣装ケースが詰まっていた。その上の方に積んであるダンボールを下ろし、中をがさごそとしばらく漁って一着引っ張り出した。
 見覚えのあるそれは、小学生時代の蘭の体操服だ。さ、さすがに蘭の体操服を俺が着るのはどうなんだ……!? 色んな感情がぐるぐる渦巻いてはいたものの、他に着るものはないし、朝部屋を出る前にさっさと着替えちまえばいいか、と腹を括ってそれを着ることにした。まあ、着てしまえばただのTシャツとショートパンツだ。昔っから蘭は俺より小さかったように思ったが、思った以上にサイズは問題ない。やっぱ、ガキの頃はお互いちっちゃかったんだなあ、としみじみ思う。

「お、着替え終わってんな」

 そう言って自分のベッドの上に胡座をかいたおっちゃんは、いつの間にやらパジャマに着替えていた。洗顔、洗髪も簡単に済ませたらしく、オールバックは崩され前髪が下りている。珍しい格好だ、とついまじまじと見てしまった。
 っていうか、いつ出ていって、いつ帰ってきたんだ……? それに気付かないほど服の問題でわたわたしたかと思うと恥ずかしくて仕方ない。そんな俺の気も知らず、おっちゃんは問いかける。

「サイズは?」
「大丈夫」
「よし。んじゃあ、寝っか」

 なんて言いながら照明のコードへ手を伸ばすおっちゃん。コードを引っ張ろうとするその瞬間。

「ッおっちゃん! 話があるんだ!」
「お、おう……?」

 なんでか、それを静止してしまった。

 ――どうやら俺は、どうしても味方が欲しいらしい。
 話がある、なんて言葉が出てしまったってことは、俺は危険だと分かっていてもおっちゃんには知っておいてほしかったみたいだ。
 戸惑うおっちゃんを気にかける余裕もなく、俺は――

「俺、俺は、……っ工藤新一なんだ!!」

 そう、言った。
 勿論おっちゃんは絶句している。何言ってんだこのガキ、なんて思っているんだろう。普通そうだ。俺だってそう思う。だけど、嘘じゃない。俺は――確かに工藤新一だ。
 それでも、頭がイカれてるとか、そんな風に思われてんじゃねえか、なんて。他でもないおっちゃんに変に思われるのがなんでかすごく怖くて、一瞬言葉に詰まる。だけどおっちゃんは

「…………それから?」

 と、落ち着いた声音で続きを待ってくれた。顔を見れば、馬鹿にするようでも、気味悪がるでもない、真摯な表情。その優しさに背中を押された俺は意を決して、そこから先も話しだした。



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