たかみをゆくいとしご

「はい、あーん」

 満面の笑みで差し出された匙を、この俺が断れるはずがあったろうか?

「あーん」

 まあ、あるはずもなく、だ。
 俺は結局、彼女の作った解毒剤を飲んでいた。
 ほとんど動けない俺を気遣ったのか、単に精製に時間が掛かるからなのか、どろりとした質感の液状に出来上がったそれをスプーンで口元に運ばれている状態である。
 美少女に献身的に介助されている俺!と思うと最高の気分だ。

「なんでしょう……外的要因が偽薬的に効きすぎてやしませんか?」
「知らねえのか? 女の子の笑顔こそこの世界における至上の薬なんだぜ」
「なんだかなあ」

 彼女に負けず劣らずの俺の破顔っぷりに2人の兄貴分はなんとも言えない表情をしているが知った事か。
 しかしーー飲み進めるにつれ、意外にも諸症状はきっちり緩和されていった。そして、それをひしひしと感じるほど、効きが速い。
 内心、舌を巻いた。この業界において、幼いという次元ではない少女。そんな彼女がこのスピードで、ここまでの薬を作れるというのはーー正に、異常だ。





 どこやら分からないこの施設に連れ込まれると、俺はスクラブに身を包んだスタッフに囲まれ、ベッドに寝かされた。最低限の延命措置だけを取られながら。そしてそれだけの作業後、そいつらは一切見に来やしない。
 きちくんとやらと俺だけが部屋に残され、ぜいぜい言ってる俺に時折一瞥をくれる以外にはこの男も何もしなかった。
 そんな中、

「ただ寝ているだけではお暇でしょう」

 と、唐突に紙の束を枕元に置かれた。
 ぼやける視界の中、無理矢理目を凝らして数行読み進めると、何かしらの薬品の成分表であった。

「おま、この状態で、こんなもんよめ、るか」
「まあまあそう仰らず」

 言い返す気力も起こらない。
 しかし、この状況を鑑みるに、この薬こそが俺に使われたものなのだろう。

 ーー材料ぐらいは用意してくれっかな。

 舌打ちしたい気分を抱えながら、必死に脳内で解毒剤の構成を組み立てていった。



 あと何か、何かが足りない!

 刻一刻と回らなくなっていく頭。じりじり迫り来る焦り。
 死の足音から全力で目を背けながらあらゆる組み合わせを検討するも、決定的な解毒には繋がらない構成にしかならなかった。

 何だ、何が足りない? 作用、反作用、複合、消失。何か、何か、何かーー。

 …………もう、無理、か?

 どうしようもない現状に、限界のラインを幻視しそうになる。
 思考が、ふつりと途切れて、組み立てた仮説が端から少しずつ離れていく。

 ……こりゃ、むり、だな。

 自嘲気味な笑みが零れたーーその瞬間、

「おっまたせー」
「おまたせー」

 スプーンの刺さるタンブラーを手に、少女は戻ってきたのだった。





「何を使ったんだ? お嬢さん」
「えっとね、ーーがはいってたから、ーーと、ーーと、あとはね、」

 尋ねれば、喜々として答えてくれる。
 しかしそう子供らしい口調で紡がれる言葉は、震えるほど叡智に満ちていた。
 弱っていたとはいえ、決して俺では辿り着くことの出来なかった次元へーー彼女は至っている。

「あんたは、」
「一切手を出してない。真知の、最初の、はじめての作品に、俺が手ェ出しちゃあ台無しでしょ」

 傍で見てただけ。青年はからからと笑った。
 俺はただ、

「そうか。ーー凄いな。君は、凄い」

 そんな、賞賛を送るほかなかった。
 圧倒されると、人は単純な言葉でしか言い表せない、いや、それ以上の言葉を並べ立てる必要を感じなくなるのかもしれない。
 俺はただ、何度も「凄い」という言葉を繰り返していた。
 少女は、満足気に笑った。
 その笑顔がーーまた俺の心を離さない。

 この日、俺は彼女の持つ全ての魅力に、完全に囚われてしまったのだった。



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