――知らない、とは。
よっぽど己は彼女と違う存在なのだと主張したいらしい。
全くもって白々しい話だ、と嘲るこころが表へと出ないよう、僕は平静を保ちながら笑顔の面を被り続ける。
ここが今まで訪れた天女騙りの言う『異世界』で、『落乱』の世界と称されていることなど、僕達はとうに知っている。
そして僕達に、かの弱竹の君に陶酔する公達宜しく盲愛されることを望んでいることも。
あの女達にとって、僕達なぞ所詮は絵空事の住人に過ぎない。それ故に、己の基準で、常識で、ただ勝手に振る舞い――僕達の世界を蹂躙する。
こちらの女性の『当たり前』ひとつ出来やしないくせに。
ただ笑顔を振る舞うだけで愛されようなど片腹痛い。
しかし今回は驚いた。
一人の天女騙りが滞在している間に、次の女が現れるなんて。
更に、彼女・仁科八重のように帯刀した女が降ってくることなど今まで一度もなかった。
その点を鑑みれば、彼女はまた別の事象に巻き込まれた更なる異文化の人間なのではないか――と思わないでもないのだが。
『平成』の世の日ノ本は、大半の人間が武器など一生手にすることのない泰平の世であるのだと、天女騙りは口を揃えて言っていた。
なるほど彼女達の手はそんなものなど持てそうにない、水仕事すら碌に出来なさそうな美しい手をしていた。……傷一つない手を美しいと表現して良いものか、僕の感性ではいまいちしっくりとはこないけれど。
ともあれ仁科八重は、かつての天女騙り達とはどこか一線を画する存在だ。
そう、思うのだけれど。
しかし、彼女は輝夜れんげを知っていた。その逆も然り。
――結局2人の女は同じ世界の人間なのだ。同じものなのだ。
もし仮に彼女が天女を騙るつもりもない、世界を超えた迷い子であったとしても。
もう疑うことは止められない。
疑うしか、道はない。
僕達は、最早違和感に目を向ける余裕など、これっぽっちも持ち合わせていないのだ。
故に、僕は彼女の言葉を『有り得ないもの』として扱う。
僕の守りたいものを守るために。
決してこころを揺らすことなく。
「でしたら、一度学園長先生とお話しされたほうが良いですね」
笑え。笑え。
誰が決めたか分からない、『僕らしく』。
『心優しい善法寺伊作』として、僕は彼女に手を差し伸べた。
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