わたしがあかねちゃんのポジションに生まれてしまって16年。
 乱馬がやってきて、色んな人がうちに押しかけてくるようになって。
 なんやかんや騒々しい日々が嫌いではないわたしにとって、結構楽しい日々が続いていた。

 ――そういえば、そろそろ“彼”がやってきてしまう頃かなあ?
 
 なんて、ふと思い立ったお使いの帰り道。

 何度か訪れる、あかねちゃんが囚われる事件。
 あんまり迷惑をかけたくないから、そのたび必死でなけなしの記憶をひっぱり出しながら逃げ出してはいるのだけど、"彼”の力は数人がかりでやっと押さえ込めた強力なもの。
 きっとわたし一人ではどうにも出来ないんじゃないかしら、と背筋に一筋冷たいものが走る。

 強くて可愛いあかねちゃんを目標に鍛錬を積む中で、やっぱり戦えば痛いし辛いってことを知ってしまった。
 乱馬はもちろん、良くしてくれる良牙くんや、いっつも突っかかってくるシャンプーやうっちゃん達だって、おんなじように痛みや辛さを抱えるのを見るのが、最近少しずつ怖くなってきた。

 みんな、大切なひとたちだから。
 傷ついてほしくなんかないのだ。
 それも、よりによって自分のためなんかで。

 どうしたものかと思案していれば――遂に、時期が来てしまったことを悟る。

「良牙くん!」

 道に落ちている番傘、リュック、いつもの服。
 そして――パンスト絡まる黒い豚。
 持っていたバッグの荷物の上に彼のバンダナを畳み入れて、そこへ意識のないPちゃん姿の良牙くんを休ませる。ぱっと見たところ、大怪我を負っている様子はないのにほっとしながら、彼の荷物を背負って早足に家へと向かう。

 かつん、とどこかで響いた音が、着実に近付いてくる“彼”の蹄の響きのように思えて息を飲む。

(怖い、怖いよ、乱馬……!)

 強敵に震える身体を叱咤しながら、最後は駆け出していた。
 門を抜け、靴を脱ぎ捨て、乱馬がいるはずの居間へ向かう。
 障子を勢い良く開け放つと、ぽかんとこちらを見る乱馬とおじいちゃんの姿。

「なまえ?」

 乱馬の声が、いつものようにわたしを呼ぶ。
 それに安堵して、ついつい涙腺が緩んでいく。ぽとぽとと涙を落とすわたしにぎょっとして立ち上がった乱馬は、どうしたんだとわたしの頭をぐしゃぐしゃ掻き回す。

「ら、乱馬、良牙くんが、良牙くんが、」
「良牙?」
「良牙くんが、誰かに襲われて、こんな、こんな姿で、道に……」

 バッグを差し出すと、乱馬とその肩にちょこんと乗ったおじいちゃんは眉根を寄せ、いかにも不可思議だと言った表情。

「パンスト、だな」
「パンスト、じゃのう」

 同じように繰り返した二人。良牙くんからパンストを解いたおじいちゃんはそれを懐へ忍ばせようとする。そんなおじいちゃんを肩から叩き落とす乱馬。いつもの光景に小さく笑うと、乱馬は苦笑する。

「あんま心配すんな。大丈夫だって」
「そう、かな」
「へーきへーき。良牙は強えからそんな程度じゃへこたれねえし、もしそいつが俺達を狙ってきたって、」

 乱馬は、ぽんと私の頭を撫でる。
 見上げた顔は、いつもの自信満々な笑顔で。

「お前は絶対、俺が守ってやるよ」

 そう、はっきりと言ったのだ。


だから、隣で笑っていて



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