「それは俺の領分じゃないんですけどね」
そんな俺の呟きなど恐らく聞こえてはいまい。
というか、聞いていたところで右から左であろう男は、相変わらずの楽しげな調子でミッションの詳細を続けるのだった。
警察庁に乗り込み、NOCリストを奪取した犯人の捜索。
これが今回の依頼だった。
……明らかに、一介の探偵が取り組むべき仕事ではなかった。
特捜班でも組んで総出で調査するのが筋だ。というか、よりによって警察庁なんて場所から見事に逃げ果せた奴なんぞ、捜査員を何人注ぎ込んだって確保できるか分からんくらいの案件だ。
それを単独捜査が前提の俺に振るなど無謀の一言に尽きる。
そんなことは分かっているはずなのに、男はそれはもう機嫌よく、やれ「行方不明者の捜索は探偵もやっているはず」だの、やれ「Q号案件を嗅ぎつけた上層部を留めるのも大変」だの、なんやかんやと捲くし立ててくれたおかげで最終的には俺が折れる羽目になったのだった。これ幸いにと中々ハードな期限を切ってくる始末だ。
(絶対あの時頼る相手間違えたな)
そう心中で愚痴を零しながら、俺は霞ヶ関のとある庁舎の食堂で新聞片手にカレーをつついていた。一面を飾っているのは昨晩の首都高湾岸線の爆発事故だ。逆走車なんぞ絶対に出くわしたくないもんだ。なんて考えていれば、向かいの席にトレイが置かれた。
視線を上げれば、そこには見慣れた顔。
「お疲れ様です。毛利先生」
「…………降谷」
いつも通りの微笑みを浮かべているはずなのに、どことなく全身に倦怠感を纏わせながら降谷零は席に着いた。
安室透ではそう見ることのない背広姿に、これが本来の彼なのだろうかとついつい視線を向けてしまう。俺のあからさまな観察ぶりに苦笑しながら、降谷も箸を進める。日替わりランチのようだった。
二人で黙々と食事を進める。わざわざ正面に座っておきながら、本題に入らない降谷。こういった状況は苦手だ。仕方なく、自分から話を切り出した。
「何でお前が内閣府庁舎(ここ)に?」
「蘭さんに、先生は昔馴染みに呼ばれて霞ヶ関に向かったとお聞きしまして」
「普通、古巣に向かったと思うもんじゃないか」
「であれば、目暮警部やその班員、あとは小田切部長や弓長警部あたりの名前くらいなら蘭さんに話すんじゃないかと考えただけです」
二人揃って、温い茶を口にする。
降谷は湯飲みを置き、ぴっと指を振った。
「霞ヶ関にいて、あなたがあえて『昔馴染み』とぼかすような間柄といえば――内調の、内海室長。彼を指し示しているようにしか思えなかった」
そうでしょう、と告げられた声には尋ねる色など更々ない。それが真実だと確信しているようだった。まあ、俺がこの場にいる時点で答え合わせは済んでいるようなものなのだが。