「はい、しのは、」
『退避!!!』

 電話に出た瞬間にバカでかい声でそう命ぜられ、男は全力で、それはもうあらん限りの力で走った。
 仕事に取り掛かろうと中腰になった先輩を、タックルよろしく肩に担ぎ上げて。

 しかし直後聞こえた轟音と共に――男二人、見事に吹っ飛ばされた。



「しかしまあ、」
「生きてるもんだねえ」

 米花中央病院の一室で、二人のサバイバーはしみじみとそう言った。

 先日の爆弾騒ぎで出動していた爆発物処理班員である萩原研二と篠原遊馬。
 高層マンションを担当していた二人は唐突にかかってきた1本の電話に従い、再び動き出した爆弾の魔の手から命からがら逃れていた。
 粉微塵にされることはなかったが、大火傷を負った二人はミイラ男かと言わんばかりに包帯がぐるぐる巻かれている。その割には、聞こえる言葉は見た目に合わず軽妙だ。

 もはや爆弾処理班の御用達と化しつつある手土産、果物の籠盛りを片手にやってきた太田は、その言葉に呆れたように溜息を付きながらバナナを一本もぐ。
 籠盛りは太田の先輩にあたる萩原の、バナナは同僚である篠原のサイドテーブルへ置かれた。

「全く、悪運の強い奴め」
「うるせえ! こっちは本気で死ぬかと思ったっつーの! ていうか俺の分これだけかよ!」
「ふん。先輩のおこぼれに与れただけでも有り難いと思え!」

 ぶつくさ言いながらも篠原は痛む身体を無理矢理動かしバナナを取ろうとしたが、見かねた太田に口へ突っ込まれ、苛立ち紛れに力一杯咀嚼する。
 そんな見慣れたやり取りを苦笑がちに眺めていた荻原は、そう言えば、と尋ねた。

「あの時、誰からの電話だったんだ?」
「え? ああ、毛利さんって探偵っす。知ってます? 5,6年くらい前かな、捜一にいたらしいんですけど」

 元捜査一課の毛利。どこか聞き覚えがあるような、と萩原が記憶を辿る横で、太田が怒鳴る。

「差し迫った現場で私用電話に出る奴があるか!」
「いやだって、なんか、出ないとヤバいって感じがしたんだよ。今思えば、虫の知らせって奴だったんじゃないか?」
「しかし爆弾処理班たる者、」
「まあまあ。お陰で俺もこいつも助かったんだし、言いっこなしだよ、太田」
「ぐっ……、次はないぞ篠原あ!」
「へいへい」
「なんだその返事は!」

 止まらない太田の小言を聞き流しながら、篠原はふと尋ねる。

「そういや、萩原さんが入院したってのに、あの人来ないっすね」
「ん? ああ、松田か。そういえばそうだな。あいつ今忙しいのか?」

 二人の視線を受けた太田は、打って変わって困ったような顔で口を閉じた。
 その様子に首を傾げる二人へ、言葉を選びながら太田は話す。

「松田さんは――」


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