「さっきの電話、何年か前に捜査一課にいた刑事ですよね?」
「そうそう。いやあ、前より更に面白いことに首を突っ込んでるみたいで楽しそうだなあ」
内閣情報調査室。退庁時間もとっくに過ぎたその最奥にだけ、蛍光灯が灯されている。
唯一照らされているその机へ1人の男が歩み寄る。何冊もファイルを抱え、資料室から戻ってきた男・黒崎は机の主である内海のご機嫌な様子に溜息をついた。
「全く……また相変わらず楽しいかどうかだけを基準にして」
「人間、案外ひょんなところで終わっちゃうんだって知っちゃったからね。やるなら楽しいことから優先的にやっとかないと」
「だからって、今回は厄介が過ぎます」
「そうかな?」
笑みを深めた内海は、黒崎から手渡された紐閉じのファイルを開く。丁寧にファイリングされた新聞記事には、全て一人の少年が写っている。
「高校生探偵、工藤新一。絶対いつか何かやらかしてくれると思ってたけど……思ってたより早かったな」
黒崎は嘆息し、どこか呆れたように問う。
「本気で信じているんですか? 高校生が薬で縮んだなんて」
「そりゃあ信じるさ」
あれとって、と内海は傍らのFAXを指差した。見ると、何か受信している。印刷。がが、と1枚紙が送り出されていく。
雑音から逃げるように背後の窓へくるりと椅子を向けながら、内海は口を開く。
「普通、僕のところにそんなつまんない冗談持ってこないでしょ。しかも自分のいた組織に圧力を掛けるリスクを知らないわけないのに、それを承知で形振り構わずうちを頼ってまで黙殺させるなんて。正気の沙汰じゃないよ」
印刷が済んだ。そこには一人の子供の写真。黒崎の片眉が跳ねた。その顔へ視線を向けた内海が口の端を更に吊り上げる。
「見せてくれる? どれどれ……ふふ、同一人物なだけあるね。そっくりじゃない」
「ここまでくると、冗談にしちゃあ質が悪い」
「だから、ホントなんじゃない」
引き出しを漁り、引っ張り出した糊を適当に塗りつけて、送られてきた江戸川コナンの写真をファイルに貼り付けた。
それをにんまりと眺めた内海は、黒崎へ告げる。
「黒づくめの男達、ね。時折ちょっかいかけてくれちゃって鬱陶しかったんだけど――丁度いい機会かもしれないよ」
「企画課を動かしますか?」
「どうしようかなあ。あそこから既に1人送ってるでしょ、下手に情報が漏れても宜しくないし」
「であれば、『彼』に動いてもらえばいいのでは?」
「え? …………なるほど、面白いじゃない!」
そう言って破顔した内海は、便箋へつらつらと書き連ねていく。
文面を覗き込んだ黒崎は、露骨に顔を顰めた。そして顔を手で覆い、指先で皺の刻まれた眉間を伸ばしながら、疲れた様に口を開いた。
「僕が言っておいてなんですが――あなた方に手を組まれたら、本格的な厄ネタにしかならないじゃないですか」
「ふっふっふ黒崎くん、今生は『正義の味方』をやってみようって決めたじゃないの♪」
「…………まあ、それでいいならいいんですけどね」
そうは言いつつ渋面を崩さないまま、黒崎は受け取った書類をしまい込む。
明日の予定を組み替えねば――なんて遠い目になる黒崎を尻目に内海はぐっと伸びをして、立ち上がった。
「いやあ、明日も楽しくなりそうだ!」