表裏:『名探偵』と『弟子』


「僕が貴方に憎悪の目を向けていたことくらい、お見通しなんでしょう?」

 嘲笑めいた口振りで、男は銃口を向けた。
 別に答えなど求められていない。それが正解であることなどお互い疾うに知っている。
 俺は短くなった煙草を灰皿へ押し付けた。

「――俺は『俺のシナリオ』から降りるわけにはいかなくってな」

 そう。今更『毛利小五郎』でない生き方など出来ないのだ。
 『俺』を抱えたまま『名探偵』が生きていく時点で。
 ――その先が泥沼以外存在しないことは、決まっている。

「名探偵、毛利小五郎。僕達にとって、邪魔以外の何者でもない」
「僕達、ね」
「どちらの組織にとっても――貴方の存在は不利益にしか成り得ないんですよ」
「企画課にまで憎まれるとは、悲しいもんだ」

 話に出したこともない男の所属を口にすれば、剣呑な色は更に色濃く。
 一歩踏み込まれ、あと少しで銃口はぴたりと額につくだろう。

「『名探偵』というものは、僕達にしてみれば――突然舞台に飛び込んできた、招かれざる客でしかない」

 滔々と語られる話には、静かな怒りが渦を巻く。

「どうしてだか受け入れられているけれど、貴方達はただの一般人に過ぎない――」
「――『刑事でもなんでもない、捜査権を持たない人間』でしか、ない」

 男の言葉を引き継いだ。
 ――分かっていたことだ。
 俺は既に、事件を解く事が出来る立場を捨てている。辞令も訓告もない、自らの意思でだ。
 にも関わらず――まるで変わらず、現場に立っている。事件を解いている。その権利もないくせに。

 今の俺は――脱法者に過ぎない。
 法治国家のこの世界で。
 その原則を踏み躙りながら、『名探偵』は生きている。

 何よりそれを遵守すべき――刑事として生きてきた、過去を持ちながら。

「せめて貴方が一課のトップランナーで居続けてくれたなら――心から貴方の弟子なんて立場に憧れたでしょうね」
「そりゃあ残念だ」

 口元を緩め、男の顔を見る。
 俺の表情が意外だったのか、目を僅かに見開いた後――降谷零も、微かに笑った。


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